監督:ホン・サンス
出演:クォン・ヘヒョ、キム・ミニ、キム・セビョク、チョ・ユニ、キ・ジュボン、パク・イェジュ、カン・テウ
原題:The Day After
制作:韓国/2017
URL:http://crest-inter.co.jp/sorekara/
場所:ヒューマントラストシネマ有楽町

ホン・サンスがキム・ミニとコンビを組んで撮った4本の映画が連続公開されることになった。まずは一番新しい作品の『それから』から。

キム・ミニを最初に観たのはパク・チャヌクの『お嬢さん』だった。若い頃の芳本美代子や松嶋菜々子にちょっと似ている風貌から日本人の役にピッタリだなあとは一瞬おもったのだけれど、やはり韓国人特有のアグレッシブな気の強さも感じてしまって「しとやかさ」を求められていた昔の日本人女性にはどうしても見えなかった。韓国芸能界の“気の強い”女性ベスト11に選ばれたこともあるキム・ミニの実像がどれほどのものなのかは計りようもないけれど、キム・ミニがホン・サンスと不倫関係にある事実が公表されてから日本の川谷絵音とベッキーの関係以上の非難が韓国の世論で巻き起こったらしい。

http://news.livedoor.com/article/detail/12710098/

今回の『それから』の中で、出版社の社長で書評家でもあるクォン・ヘヒョに対して新しく社員としてやってきた小説家を目指すキム・ミニが、食事の場で「何のために生きてるのか? 生きる目的とは?」と問答をするシーンがあった。この会話のシーンがやたらと奇異に感じたけど、なんだろうなあ、ホン・サンスはキム・ミニが情欲だけで行動する女ではなくて聡明な部分もあることをさりげねく訴えたかったのかなあ。まあ、とにかく、ホン・サンスがキム・ミニを大切にしていることがわかるとても魅力的な映画。

→ホン・サンス→クォン・ヘヒョ→韓国/2017→ヒューマントラストシネマ有楽町→★★★★

監督:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、トレイシー・レッツ、ルーカス・ヘッジズ、ティモシー・シャラメ
原題:Lady Bird
制作:アメリカ/2017
URL:http://ladybird-movie.jp
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

ノア・バームバック監督の『フランシス・ハ』やマイク・ミルズ監督の『20センチュリー・ウーマン』などに出演していた女優グレタ・ガーウィグの監督作品。

『20センチュリー・ウーマン』でのグレタ・ガーウィグは、70年代後半のニューヨークでカメラマンを目指していたけれども子宮頸がんを患ってこころざし半ばで故郷のサンタバーバラへ戻ってきた女性アビーを演じていた。このキャラクターはマイク・ミルズ監督の姉がモデルとなっているらしくて、グレタ・ガーウィグ自身が投影されたものではないんだろうけど、でも、自分で脚本を書いたノア・バームバック監督の『フランシス・ハ』に登場するフランシスと重ね合わせると「都会で受けた傷心を優しく癒やしてくれる故郷」と云うエピソードが両作品で共通していた。

そのグレタ・ガーウィグが脚本を書いて監督をした『レディ・バード』は彼女の自伝的要素の強いストーリーで、だからシアーシャ・ローナンが演じている主人公の“レディ・バード”がグレタ・ガーウィグ自身をそのまま反映していると考えると、ここにまた「都会で受けた傷心を優しく癒やしてくれる故郷」が見え隠れするところはとても面白かった。故郷のサクラメントから抜け出したいと考えている主人公を描いていながらも、実際にはそのサクラメントに対するラブレターを撮ってしまっているグレタ・ガーウィグにとって「癒やしの故郷」は普遍的なテーマなんじゃないかとおもう。

グレタ・ガーウィグは今回の映画を撮るにあたって350ページもの長い脚本を書いてしまって、そこから120ページにまで減らしたそうだ。だから、いろいろなエピソードの中をトップスピードで駆け抜けて行く映画になってしまっている。ちょ、待って、走っている車から落ちたのにさりげなく巻かれている右手のギプスだけ? とか、どう見ても白人ではない兄の由来は語ってくれないの? とか。なので、エピソード同士のつなぎを無視して、ただ単純にシーンを継ぎ接ぎしているようなイメージが若干あるけど、テンポが良くて、シアーシャ・ローナンのキャラクターも快活で小気味が良いので、全体的には気持ちよく観られる映画になってはいた。

→グレタ・ガーウィグ→シアーシャ・ローナン→アメリカ/2017→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:今井友樹
出演:岡田靖雄、橋本明、齋藤正彦、呉忠士、呉秀男、原田憲一、川村邦光
制作:日本精神衛生会、きょうされん/2017
URL:
場所:UPLINK

鳥の道を越えて』を撮った今井友樹監督の作品を『坂網猟 -人と自然の付き合い方を考える-』に続けて観る。今度は日本の精神医学・精神医療の草分けといわれる呉秀三のドキュメンタリー。

呉秀三は1918年に「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」のレポートを発表し、この中で「わが国十何万の精神病者はこの病を受けたるの不幸の他にこの国に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」と書き、多くの精神障害者が自宅の座敷牢に幽閉されている状況を改善すべく精神病院開設に奔走した。今井友樹監督の『夜明け前 呉秀三と無名の精神障害者の100年』はその呉秀三の足跡を追ってオーストリア、ドイツにまで飛ぶ。

この呉秀三を追いかけた丁寧な映画を見て、精神障害者の人権を守ろうと奔走した先駆者としての苦労を偲ばずにはいられないけど、でも、この映画の中で一番目を引いてしまったのは呉秀三の業績のことよりも「私宅監置」と言う強烈な文字だった。つまり、いわゆる「座敷牢」のことだった。日本での「座敷牢」の歴史がどのようなものだったのかとても興味を持ってしまった。ああ、出来ることなら、そこに突っ込んで欲しかったけど、そんなところにスポットライトを当ててしまうと相当エグい映画になってしまうだろうなあ。

大阪府寝屋川市で精神疾患の娘を15年もプレハブに監禁していた事件や今年の幼児虐待のニュースを見てもわかるとおり、日本の家族と云う枠組みの中に外部が入り込めない閉鎖性は異常だとおもう。呉秀三が明らかにした日本での「座敷牢」の暗黒史をもっと周知させるためにもそのようなドキュメンタリーが見てみたい。

→今井友樹→岡田靖雄→日本精神衛生会、きょうされん/2017→UPLINK→★★★☆

監督:ウェス・アンダーソン
声:ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、ジェフ・ゴールドブラム、渡辺謙、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン、F・マーリー・エイブラハム、スカーレット・ヨハンソン、コーユー・ランキン
原題:Isle of dogs
制作:アメリカ、ドイツ/2018
URL:http://www.foxmovies-jp.com/inugashima/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

日本でのファンも多いのにどうしても好きになれない三大監督は、ティム・バートンとギレルモ・デル・トロ、そしてウェス・アンダーソンだ。いやいや、映画の出来が悪いと云っているんじゃない。肌が合わないと云うか、しっくりと来ないと云うか。なんでだろう? オタクな気質をすべて否定するわけじゃないんだけど、どうやらそのオタクな部分に引っかかってしまっているような。

今回のウェス・アンダーソンの『犬ヶ島』もすでに多くの人たちが、泣けた、とか、感動したとか云っていて、ああ、これはやばいパターンだと覚悟して観に行ったら、案の定ダメだった。でもそれはオタクな部分につまずいたわけではなくて、それ以前に、日本をダシに使っている部分で不満爆発だった。日本をテーマに扱っている西洋の映画にことごとく不満を持ってしまうのは、おそらくその扱い方に対して厳しすぎる結果なんだろうけど、でも、黒澤明の『七人の侍』とか俳句とか、あまりにも上っ面しかなぞってない。安易すぎる。逆にそこはもっとオタク気質を発揮してくれよ、と。

→ウェス・アンダーソン→(声)コーユー・ランキン→アメリカ、ドイツ/2018→ユナイテッド・シネマ浦和→★★☆

監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ヴィッキー・クリープス、レスリー・マンヴィル、カミラ・ラザフォード、ジーナ・マッキー、ブライアン・グリーソン、ハリエット・サンサム・ハリス、ルイザ・リヒター、ジュリア・ルイス、ニコラス・マンダー、フィリップ・フランクス、フィリス・マクマホン、サイラス・カーソン、リチャード・グラハム
原題:Phantom Thread
制作:アメリカ/2017
URL:http://www.phantomthread.jp
場所:新宿武蔵野館

ポール・トーマス・アンダーソンの映画を観ていると、自分たちのありきたりな生活の奥底に隠されている人間の本性を見せつけられているようで、脳の中の使われていない部分がキリキリと刺激されているような感覚におちいって、どんどんと活性化して行って、目がランランとして来て、ちょっとした興奮状態になってしまう。

『ファントム・スレッド』でのダニエル・デイ=ルイスとヴィッキー・クリープスを見ても、一見すると尋常ならざる関係に見えながら、実際には私たちの人間関係の中に潜んでいる個々の嫌らしさをあぶりだしていて、仕事がバリバリ出来て素敵な人だけど自分にとってはそのパワーが少し弱っていたほうがちょうど良いとか、お前は仕事に役立つマネキンとしてただそこに立っていれば良いからいちいちキイキイ(効果音のレベルを上げて観ている我々の神経を逆なでさせるほど!)わめき立てないでくれとか、自分の我を押し通す人間同士が駆け引きをする関係に酔いしれてしまう。

まあ、それだけなら良くある映画なのかもしれないけれど、ポール・トーマス・アンダーソンはこの映画のラストでダニエル・デイ=ルイスがヴィッキー・クリープスの要求を(実は理解していて)受け入れるシーンを静かに見せつけてくれる。こんな夫婦関係なんてあるんだろうか? あったとしたら怖い!

→ポール・トーマス・アンダーソン→ダニエル・デイ=ルイス→アメリカ/2017→新宿武蔵野館→★★★★

監督:リドリー・スコット
出演:ミシェル・ウィリアムズ、クリストファー・プラマー、マーク・ウォールバーグ、チャーリー・プラマー、ティモシー・ハットン、ロマン・デュリス
原題:All the Money in the World
制作:アメリカ/2017
URL:http://getty-ransom.jp
場所:MOVIXさいたま

ウィンストン・チャーチル、トーニャ・ハーディングに続いて、またまた実話の映画化。でも今回は日本人には馴染みの薄い石油王ジャン・ポール・ゲティの孫の誘拐事件のはなし。

ケチで有名だった大富豪ジャン・ポール・ゲティは、孫の誘拐に要求された身代金1,700万ドルの支払いを拒否する。業を煮やした犯人グループが孫の片耳を切り取って送りつけて来た結果、やっと重い腰を上げて身代金の支払いに応じる。それも290万ドルに値切って! でも、なんでだろう? このクリストファー・プラマーが演じた強欲じじいのジャン・ポール・ゲティに嫌悪感をあまり感じなかった。それよりも、チヤホヤされながら育ったであろう世間知らずで軟弱さの見えるゲティの孫に、映画のオープニングからちゃらちゃらローマの街なかを徘徊する姿にまずは不快なイメージを持ってしまって、薬物依存に陥る孫の父親(ジャン・ポール・ゲティの長男)やマーク・ウォールバーグが演じている元CIAの交渉人チェイスの役の立たなさに不快を感じるばかりで、そうなって来ると義理の父親の金ばっかりに頼り切っているミシェル・ウィリアムズが演じている母親にもイライラしてしまった。

この映画はなんだったんだろう? 孫の身代金に応じず、そのあいだにも高額な美術品を買い漁っていた大富豪ジャン・ポール・ゲティだけを非難する気にはまったくなれなかった。身内に大金持ちがいることによって周りに伝播する影響の怖さをブルブルしながら観る映画だった。

だから、そんな映画の中での人物像のことよりも、ちょっと前に話題になった再撮影時のミシェル・ウィリアムズとマーク・ウォールバーグのギャラの男女格差のことばかりが頭をよぎってしまった。

http://www.elle.co.jp/culture/celebgossip/michelle-williams-paygap18_0112

身代金はマーク・ウォールバーグのギャラから払えばいいんだ! と映画を観ながらずっとおもっていた。

→リドリー・スコット→ミシェル・ウィリアムズ→アメリカ/2017→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:今井友樹
出演:
制作:株式会社工房ギャレット/2018
URL:
場所:東京しごとセンター地下講堂

第88回キネマ旬報ベストテン「文化映画第1位」に選ばれた『鳥の道を越えて』を撮った今井友樹監督の新作。

『鳥の道を越えて』は今井監督のふるさとの岐阜県東白川村で小さい頃に祖父から聞かされた「鳥の道」を探し求めて旅に出るドキュメンタリーだった。この映画の中で東白川村で行われていた鳥を捕獲する猟のひとつ「カスミ網猟」が紹介されていて、同時に日本全国に存在する独特の猟法を紹介する流れで石川県加賀市片野鴨池で行われている「坂網猟」も紹介されていた。その縁から加賀市片野町の坂網猟保存会から依頼されて『坂網猟 -人と自然の付き合い方を考える-』を撮ることになったそうだ。

「坂網猟」とは、夕暮れ時に鴨が池から一斉に飛び立つ習性を利用して、その瞬間に坂網と呼ばれるY字形の網を投げ上げて捕獲する猟法で、今でも26人の坂網猟師がいるそうだ。坂網の中に鴨がきれいに飛び込む瞬間が、まるでフライフィッシングで鱒が釣れるがごとく、技とタイミングが重要なとてもむずかしい猟法だからこそ達成感あふれるもので、映画の中での捕獲時のスローモーション映像もとても気持ちの良いものだった。

今回観た『坂網猟 -人と自然の付き合い方を考える-』は普及編の42分バージョンで、おもに地理的状況の説明や坂網猟師へのインタビュー、捕獲シーンに費やされている。でも、それだけで終わってしまうので、うん? 捕った鴨はどうするんだろう? の疑問がすぐに湧いた。上映後の監督とのトークでもすぐにそのことが話題となった。その時のトークによると、この映画には伝承編として145分のバージョンもあって、そこでは捕った鴨をどのように食して行くのかも描かれていると云う。ああ、だったら、そっちも観たいなあ、の感想がすぐに湧く。短いバージョンを作ることにはいろんな事情があるんだろうけど、ドキュメンタリーと云えば長尺の中に身を置く習性がついてしまっているので、短いバージョンでは物足りなくなっているのかなあ。

→今井友樹→→株式会社工房ギャレット/2018→東京しごとセンター地下講堂→★★★

監督:クレイグ・ガレスピー
出演:マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャニー、マッケナ・グレイス、ポール・ウォルター・ハウザー、ジュリアンヌ・ニコルソン、ケイトリン・カーヴァー、ボヤナ・ノヴァコヴィッチ、ボビー・カナヴェイル
原題:I, Tonya
制作:アメリカ/2017
URL:http://tonya-movie.jp
場所:TOHOシネマズシャンテ

1994年1月6日、リレハンメルオリンピックの選考会となるフィギュアスケート全米選手権の会場で、トーニャ・ハーディングがライバルであるナンシー・ケリガンの膝を殴打して試合に出られないようにした事件は日本でも大きく報道されて、まるでスポ根マンガを地で行ったような幼稚で、扇情的で、馬鹿げた騒動はワイドショーの格好のネタだった。

当時の「ひょうきん族」だったかなあ、事件全体を簡略化してコントにしていたので、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』を観るまではてっきりトーニャ・ハーディングがオリンピック代表になりたいがためにナンシー・ケリガンへの暴行事件に直接及んだものだと間違って認識してしまっていた。正確にはトーニャ・ハーディングの元夫ジェフ・ギルーリーが友人のショーン・エッカートに暴行を依頼した事件で、この映画のストーリーではさらにその部分もグレーに描かれていて、どちらかと云えば誇大妄想狂の元夫の友人が勝手に忖度して犯行に及んだ事件に見えるようにも作られていた。

『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』の中でのトーニャ・ハーディングは、不運にも事件に巻き込まれてしまいました、のポジションにいるのに、そこに感情を移入して彼女へ同情を寄せる映画にはなっていなかった。クレイグ・ガレスピー監督は、強烈な性格の母親にパワーハラスメントを受けながらフィギュアスケートばかりをやらされて、おそらくは充分な教育も受けられずに、人との良好な関係を構築するすべも学べずに、はすっぱな女に育ってしまった彼女に対して哀れみを感じさせる部分を見せながら、と同時に、尊大な母親に育てられたからこそ、まるでそのコピー品のようになってしまった彼女を面白おかしくも描いている。さらに同時に、アメリカ人女性としてはじめてトリプルアクセルを飛んだフィギュアスケートの才能を称賛する部分も忘れずに抑えていて(フィギュアスケートのVFXシーンが素晴らしい!)、この多層構造でもってナンシー・ケリガン暴行事件がワイドショーレベルで理解できるような単純なシロモノではないことを証明していた。

この映画は、トーニャ・ハーディングがどれだけこの事件に関与したのか、その真相を追い求めたものではないところがとても良かった。そもそも多くの人間の関わった事件なんて、誰もが納得できるような真相があるとしたら、それは絶対にあとからこじつけられたものだとおもう。だからこそ、もし有名な事件を映画化するとしたら、このような多層構造の描き方しか正解は無いのかもしれない。どんなものだって真相なんて結局は藪の中だ。

→クレイグ・ガレスピー→マーゴット・ロビー→アメリカ/2017→TOHOシネマズシャンテ→★★★★

監督:スティーヴン・S・デナイト
出演:ジョン・ボイエガ、スコット・イーストウッド、ジン・ティエン、ケイリー・スピーニー、菊地凛子、バーン・ゴーマン
アドリア・アルホナ、マックス・チャン、チャーリー・デイ
原題:Pacific Rim: Uprising
制作:アメリカ/2018
URL:http://pacificrim.jp
場所:109シネマズ木場

ギレルモ・デル・トロの撮った『パシフィック・リム』は、彼が日本の怪獣映画やロボットアニメが大好きなことから実現した映画で、その続編をギレルモ・デル・トロが撮らないとなると、基本となる日本のポップカルチャーへのリスペクトがしっかりと継承されているんだろうかと不安だったけれど、いやいや、今回のスティーヴン・S・デナイト監督も大したものだった。

「少年時代より「ウルトラマン」や「ジャイアントロボ」などの日本の特撮テレビを観て育った」(https://www.cinematoday.jp/news/N0097309)と云うスティーヴン・S・デナイト監督は、今回の映画のクライマックスに東京での昼間の市街戦を持ってきた。青空の下での格闘で次々とビルがなぎ倒されるシーンを観れば、ああ、これは「ウルトラマン」だ! と嬉しくなってしまった。前回の『パシフィック・リム』では夜のシーンが多くて、日本の特撮を倣うなら真っ昼間の闘いだろう、と不満だったけど、その部分については今回は大満足。

ただ、そのような派手な格闘シーンのわりには、登場するキャラクターが直情的な性格の人間ばかりで、前作よりもストーリーが直線的で深みがなくて、全体的にギレルモ・デル・トロ版よりさらに「お子様ランチ」感が増大していた。まあ、最初から「お子様ランチ」を楽しむんだ! と食べれば、美味しいんだけどね。

→スティーヴン・S・デナイト→ジョン・ボイエガ→アメリカ/2018→109シネマズ木場→★★★

監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン、クリスティン・スコット・トーマス、リリー・ジェームズ、スティーブン・ディレイン、ロナルド・ピックアップ、ベン・メンデルソーン、ニコラス・ジョーンズ、サミュエル・ウェスト、デビッド・バンバー
原題:Darkest Hour
制作:イギリス/2017
URL:http://www.churchill-movie.jp
場所:角川シネマ新宿

誰もが知っている歴史的な著名人にどのような功績があったのかはびっくりするほど知らない。日本史でもそうなんだから世界史ならなおさらだ。ウィンストン・チャーチルもそうだった。日本人がチャーチルの名前を聞いた時に真っ先におもい浮かべるのは葉巻をくわえた太ったおっさんの写真くらいで、イギリスの首相として第二次世界大戦中にどんなことをしたのかなんてまったく知りもしない。

ジョー・ライト監督の『ウィンストン・チャーチル /ヒトラーから世界を救った男』を観て、第二次世界大戦の序盤でのイギリスの窮地が驚くほどギリギリだったことにはびっくりした。昨年に公開されたクリストファー・ノーラン監督の『ダンケルク』で描かれた「ダイナモ作戦」での戦況は、それを失敗すればヒットラーにひれ伏さざるをえない微妙な状況だったのだ。

そこを救ったのがチャーチルだった。同じ保守党内での人気はまったく無く、馬鹿だ、変人だ、って云われて続けていた男が、戦時の挙国一致内閣を作る条件として野党の労働党が推したために首相にこそなったが、元首相のチェンバレンやハリファックス外相をコントロールするのは難しく、彼らが主張するナチスドイツとの和平交渉(をすればナチスの傀儡政権になる可能性大)をせざるを得ない状況に追い込まれていた。が、そこをガラリと一変させたのがチャーチルの「言葉」だった。日本での状況を見てもわかる通り、政治家の発する「言葉」は普通の人間の発する「言葉」よりもとても重く、選ぶひとつひとつの「言葉」が大きな意味を持ってしまう。特に戦時のような特殊な状況下で発する「言葉」はさらに人心掌握をする力があって、それは平凡な政治家ではとても出来ない芸当だった。

ジョー・ライト監督は、この、近代史の中でもとても重要な時期を切り出して、映像テクニックを駆使して上手く描いていた。ゲイリー・オールドマンもその憎まれっ子のウィンストン・チャーチルを巧く演じていた。

が、これだけ特殊メイクが話題になると、どうしてもそこに目が行ってしまうのが辛かった。無名の役者で、特殊メイクが話題にものぼらずに、観たあとから、えっ!マジ! って気が付くのが理想なんだろうけどなあ。

→ジョー・ライト→ゲイリー・オールドマン→イギリス/2017→角川シネマ新宿→★★★★