監督:ヨルゴス・ランティモス 出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ、ジェロッド・カーマイケル、クリストファー・アボット、キャサリン・ハンター、ジェロッド・カーマイケル、マーガレット・クアリー、スージー・ベンバ 原題:Poor Things 制作:イギリス、アメリカ、アイルランド/2023 URL:https://www.searchlightpictures.jp/movies/poorthings 場所:ユナイテッド・シネマ浦和
ヨルゴス・ランティモスの映画はいつも不快だ。とても嫌な気分にさせられる。この嫌な気分が何なのかと考えると、一般的な社会通念を押し付けられて生きて来た自分の存在にいつの間にか気付かされてしまう。人間の根底にある獣の本性を抑え込んで、上品ぶって取り繕っている我々の社会的な価値観を、そんなのはクソだ! と見透かされてしまうところが嫌な気持ちにさせられる原因のような気がする。昨今の正義を振りかざすSNSの蔓延で、ますますヨルゴス・ランティモスの映画が身にしみるようになってきている。
昨年のカンヌ映画祭のパルムドール賞を獲ったヨルゴス・ランティモスの『哀れなるものたち』は、ウィレム・デフォー演じる外科医であるゴッドによって、自分が産んだ赤ん坊の脳を移植させられてしまうエマ・ストーン演じるベラと云う女性が主人公だった。自殺した身重のベラをたまたま救い出した「マッド・サイエンティスト」ゴッドによる脳移植実験がこの映画のテーマだった。
人間の赤ん坊と云うものは、まだ獣の本性むき出しの状態で、おもいついた事を何でも行動に移すし、気持ちの良いことは追求するし、嫌いなものはとことん拒否する。成人の体を持つ人間がその赤ん坊の知能でいることをゴッドは注目し、獣の本性がまだ残る状態でありながらも知性を身に着けていくさまを、ヨルゴス・ランティモスの初期の映画『駕籠の中の乙女』(2009)のように、自分の屋敷内に閉じ込めたまま、社会的な常識に毒されないように観察して行く。
ところが、ゴッドの教え子であるラミー・ユセフ演じる医学生マックス・マッキャンドルスとベラを結婚させる段階で、その契約書作りに関わったマーク・ラファロ演じる弁護士ダンカン・ウェダバーンとベラは駆け落ちしてしまう。ゴッドはこれを容認していたようなふしがあって、可愛い子には旅をさせよ、さながら、その目で世間を観察することでベラは、獣のような欲望はそのままにますます人間として進化していく。
そのベラの進化をさらに飛躍させたのは、リスボンからアレキサンドリアへ向かうクルーズ船の中で知り合った老婆マーサとその連れ合いの若い黒人ハリーだった。この二人には達観したような知性があって、上流社会から見れば下品とも取られるベラの発言をも包みこんでしまう。そして黒人ハリーの影響で哲学書を読むようになったベラは世間を見る目も変化し、アレキサンドリアの貧しい人たちに心を痛めるようになる。たまたまクルーズ船のカジノで大勝ちしたダンカンのお金があったので、それをすべて貧しい人たちに与えようとクルーズ船の乗員に手渡してしまう。もちろんそのお金は貧しい人たちには渡らずに乗員の懐に入ってしまうのだろう。このようにベラには相手を疑わない無垢な心がまだ残っていて、同時の獣の心も残っていて、そこにプラスアルファで知性もが備わっていく過程が面白い。
無一文になったベラとダンカンはパリにたどり着く。そこでベラはお金を稼ぐために娼婦になる。娼婦にまで「身を落とした」ベラが気に食わないダンカンは激怒する。でも「身を落とした」とはまったく感じないベラは、あっけらかんとダンカンと男性客のセックスの上手さを比較したりする。ベラにとって娼婦とは単純にお金を稼ぐための手段でしかなくて、同時に性欲をも満たすことのできる格好の職業だった。娼婦を取り仕切るスワイニー(キャサリン・ハンター!)に対して、相手を選ぶのは男性客ではなく娼婦側からするのが良いんじゃない? なんて無垢な心のまま働き方改革までしようとする。
娼婦の同僚から社会主義の集会に誘われるようになったベラはまた一段と進化して行き、凡人でしかないダンカンとの比較から、このベラこそが人間の本来あるべき姿ではないかと云う、この映画のテーマが見えてくる。
そしてこのベラとダンカンの駆け落ちの旅は、ウィレム・デフォー演じるゴッドが末期の病気になっていると知らされることで結末を迎える。同時に、ベラを自殺に追い込む原因を作った元夫も登場する。すでに完全な人間として変貌しつつあったベラはその元夫を簡単に撃退し、その元夫に動物の脳を移植して庭で飼うことにより、亡くなったゴッドの実験を引き継くこととなって映画は結末を迎える。
今回のヨルゴス・ランティモスの映画も不快な映画だった。でも途中から、エマ・ストーンのベラに人間の本質を見出すようになって、すごい映画だなあ、の感想に変わって行く。としても、やっぱり不快な映画には違いはなくて、その微妙な気持ちの揺れが自分にとってのヨルゴス・ランティモスの映画だった。
→ヨルゴス・ランティモス→エマ・ストーン→イギリス、アメリカ、アイルランド/2023→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★