GOLD

監督:トーマス・アルスラン
出演:ニーナ・ホス、マルコ・マンディク、ラルス・ルドルフ、ウーヴェ・ボーム、ピーター・クルト、ローザ・エンスカート、ヴォルフガング・パックホイザー
原題:GOLD
制作:ドイツ/2013
URL:
場所:アテネ・フランセ文化センター

最近のドイツ映画のベルリン派と呼ばれる監督たちを誰ひとり知らなかった。なので、そのうちの一人のトーマス・アルスランの映画を観てみた。

まず、なんの予備知識もなしにこの映画を見てみると、とても淡々とした、静かな調子の、悪く云えば退屈な映画に見えてしまう。でも、そこには何か、わざとドラマティックな展開を排除しているような意図がうかがえる。

・西部劇にありがちな一人の女をめぐった恋の鞘当てになりそうでならない。
・ジョン・ヒューストン監督『黄金』のような金(ゴールド)をめぐった人間のエゴの争いのようになりそうでならない。
・『明日に向かって撃て!』のような追われる側と追う側のドラマ(最後にはその決着が描かれるけど重要ではない)になりそうでならない。

ことごとく「西部劇」における王道のドラマをにおわせておきながらそれを発展させない。劇的な展開は何も起こさせない。人が死んでも、居なくなっても、撃たれて殺されても、淡々と前に進んでいかなければならない。まるで我々の平凡な人生のように。

この映画の上映後、吉田広明(映画批評家)と渋谷哲也(ドイツ映画研究者)のトークがあった。そこで、この「何も起こさせない」ことをトーマス・アルスランは意図しているわけではない、と渋谷哲也が云っていた。トルコ系ドイツ人であるトーマス・アルスランは、その自分の出自に関係することを映画の中に反映させる(主人公のニーナ・ホスはドイツ系移民の二世、三世をうかがわせる)こともできるのにやらない。あえてやらないのではなくて、ただ単にやらない。

うーん、それは、なんだか、凄い。
ちょっと他の作品も見たくなってしまった。

単純にこの映画を観ただけなら、ふーん、で終わってしまっていたのが、ちょっとトーマス・アルスランに興味が湧いてきてしまった。でも、ドイツのジャーナリストが、カンヌ映画祭のドイツ代表がこんな地味な映画なのか! と憤慨したことからもわかるとおり、派手な映画ではないことは確かだ。

→トーマス・アルスラン→ニーナ・ホス→ドイツ/2013→アテネ・フランセ文化センター→★★★☆

シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ

監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
出演:クリス・エヴァンス、ロバート・ダウニー・Jr、スカーレット・ヨハンソン、セバスチャン・スタン、アンソニー・マッキー、エミリー・ヴァンキャンプ、ドン・チードル、ジェレミー・レナー、チャドウィック・ボーズマン、エリザベス・オルセン、ポール・ラッド、ポール・ベタニー、トム・ホランド、マリサ・トメイ、マーティン・フリーマン、ウィリアム・ハート
原題:Captain America: Civil War
制作:アメリカ/2016
URL:http://marvel.disney.co.jp/movie/civilwar.html
場所:109シネマズ木場

マーベル・シネマティック・ユニバースの映画にはそれぞれの色があって、『アイアンマン』はトニー・スタークのスケベでお調子者のキャラが映画の色調を決定づけているし、『キャプテン・アメリカ』はスティーブ・ロジャースの衣装にアメリカ国旗のデザインがあしらわれていることからもわかるように「アメリカ人であること」を正面に据えて真面目な映画になっているし、『マイティ・ソー』は北欧神話をベースにしたファンタジーの要素をふんだんに取り入れている。

『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』は、マーベル・シネマティック・ユニバースのスーパーヒーローたちの活動が国際連合の管理下に置かれること(ソコヴィア協定)に同意するべきか否かでスティーブ・ロジャース派とトニー・スターク派に分かれてしまって、その二派の衝突がストーリーの中心となっている。

●ソコヴィア協定否定派
スティーブ・ロジャース/キャプテン・アメリカ
ジェームズ・”バッキー”・バーンズ/ウィンター・ソルジャー
サム・ウィルソン/ファルコン
クリント・バートン/ホークアイ
ワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチ
スコット・ラング/アントマン

●ソコヴィア協定肯定派
トニー・スターク/アイアンマン
ナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ
ジェームズ・”ローディ”・ローズ/ウォーマシン
ティ・チャラ/ブラックパンサー
ヴィジョン
ピーター・パーカー/スパイダーマン

ここに「マイティ・ソー」が入る余地の無いのはわかる(「ハルク」はもう完全に置いてきぼり!)けど、スティーブ・ロジャース派に対抗するもう一派のリーダーとしてトニー・スタークを置くのもなかなか無理があった。つまり「キャプテン・アメリカ」の真面目な色調にトニー・スタークが染まってしまうと、明るくていい加減なトニー・スタークの個性がまっるきり死んでしまって、その魅力を失った「アイアンマン」が「キャプテン・アメリカ」と真面目に闘ったとして面白くもなんともない。まあ、「キャプテン・アメリカ」が好きな人にはそれで良いんだろうけど、「アイアンマン」が好きな人にとっては、トニー・スタークの明るいキャラでその場をもっとうまく収めるべきだ! になってしまう。

もともと勧善懲悪の映画では無いので二人の対決のどこにポイントを置いて見れば良いのかを見失っている上に、キャラクターの魅力も失われているとしたらもう完全に身の置き所が無くなってしまった。アメコミの「キャプテン・アメリカ」がアメリカの政治的なものを反映しているのだとしたら、まさしくこのどっちつかずの状況こそがいまのアメリカを象徴しているのかもしれないけど、映画としてはこれではまったく収まりが悪い。最後の「つづく」感も欲求不満が募るだけだった。

→アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ→クリス・エヴァンス→アメリカ/2016→109シネマズ木場→★★★

追憶の森

監督:ガス・ヴァン・サント
出演:マシュー・マコノヒー、渡辺謙、ナオミ・ワッツ、鶴見辰吾
原題:The Sea of Trees
制作:アメリカ/2015
URL:http://tsuiokunomori.jp
場所:109シネマズ菖蒲

ガス・ヴァン・サントが撮った映画で、マシュー・マコノヒーと渡辺謙が共演して、それも富士山麓の青木ヶ原で二人芝居をする映画と云うのならば、それだけで日本でも話題になるとおもうんだけど、ゴールデンウィークなのにあまりお客が入っていなかった。単館系に分類されるだろう映画なのに何でシネコンのキャパシティで公開したんだろう? 渡辺謙が出ているからかなあ。だったらもうちょっと宣伝しないと。

亡くなった妻に対する罪の意識から死に場所を求めて日本の青木ヶ原にやって来たマシュー・マコノヒーが、すでに自殺に失敗して青木ヶ原を彷徨っていた日本のサラリーマン(渡辺謙)と遭遇し、一緒に青木ヶ原から脱出しようと試みる過程で、妻(ナオミ・ワッツ)と一緒に暮らしてきた過去のエピソードがフラッシュバックして、次第に「死」を求めた自分の罪の意識が和らいで行くと云うストーリー。

映画としてはそんなに目新しいストーリーではないけれど、やはり舞台が日本(実際のロケはアメリカらしい)であるし、渡辺謙がリストラされて自殺しようとしているサラリーマンと云う設定なので、それだけで映画の中にのめり込むことができる。

いろんなキーワードも謎めいていて楽しい。

・『巴里のアメリカ人』の“I’ll build a stairway to paradise(天国への階段)”

・「ヘンゼルとグレーテル」
・「キイロ」と「フユ」

おそらく渡辺謙は、マシュー・マコノヒーに投影されたナオミ・ワッツの意識が顕在化した「霊」のようなものだとおもうので無理が出てしまう可能性があるけど、できればもっと日本的な昔話や神話、富士山信仰などが絡んでいると日本人としてはもっと嬉しかった。

→ガス・ヴァン・サント→マシュー・マコノヒー→アメリカ/2015→109シネマズ菖蒲→★★★☆

レヴェナント: 蘇えりし者

監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
出演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ、ドーナル・グリーソン、ウィル・ポールター、フォレスト・グッドラック、ポール・アンダーソン、ブレンダン・フレッチャー、クリストファー・ジョーナー、メラウ・ナケコ、ブラッド・カーター、ルーカス・ハース
原題:The Revenant
制作:アメリカ/2015
URL:http://www.foxmovies-jp.com/revenant/
場所:109シネマズ菖蒲

むかしから、西部劇に代表されるように、復讐劇は映画の基本ストーリーとも云えて、主人公が窮地に追い込まれて「死」の一歩手前にまで行きながら、そこからギリギリに這い上がって復讐を果たす時ほど、映画を観ている側のカタルシスが得られて面白くなる。『レヴェナント: 蘇えりし者』は、主人公のレオナルド・ディカプリオの生への執着がすさまじく、死線を彷徨いながら徐々に体力を回復して行く過程の描写が凄まじい。その過程を得て、いくつかの幸運に助けられながら、ついに復讐を果たすドラマの振れ幅が大きく、2時間30分もの長さを感じさせない面白い映画だった。

ただ、この復讐劇の発端を考えると、むかしながらの単純な復讐劇ではないことがわかる。

なぜレオナルド・ディカプリオは熊に襲われたのだろう?

熊に襲われなければ、この復讐劇はなかった。つまり、レオナルド・ディカプリオが熊に襲われることこそがこの映画のすべてであって、復讐劇はそれに付随するエピソードでしかなかった。

この映画の舞台となった西部開拓時代のアメリカ北西部のインディアンの間では熊(グリズリー)が神聖視されていたのではないかと容易に想像することができる。(一部の部族では熊は「死と再生」を意味したらしい。http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeBookPhoto/VoiceBear.html )そのインディアンの神に遣わされた熊によってレオナルド・ディカプリオは半殺しの目に遭う。それは、白人でありながらインディアンの妻を迎えて、その息子を設けたことに対する懲罰を意味することのか、その息子を取り上げることによって、人間としてより強くなるべく再生の機会を与えられたためなのか。

生死の境目を彷徨うレオナルド・ディカプリオは、息子を殺したトム・ハーディに対する怨念のみを生きるよすがとして生まれ変わり、ついに仇敵と対面を果たす。しかし、追跡の途中に命を助けられたインディアンの云う「復讐は神にゆだねられる」(どうやらこれは聖書の言葉っぽい、ローマ人への手紙12章19節か)の言葉の通りに、トム・ハーディの死をインディアンたちの手にゆだねる。この最後の描写を持ってしても、映画のすべてが、どこか、インディアンの神聖な儀式のようなイメージを受ける。ただ、トム・ハーディの処罰は熊によって行われるべきことのような気もするけど。

表面的は単純な復讐劇の構図を持った映画だったけど、どちらかと云えば、インディアンの世界の「死と再生」の世界観になぞらえたストーリーだったのかもしれない。

→アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ→レオナルド・ディカプリオ→アメリカ/2015→109シネマズ菖蒲→★★★★

スポットライト 世紀のスクープ

監督:トム・マッカーシー
出演:マーク・ラファロ、マイケル・キートン、レイチェル・マクアダムス、リーヴ・シュレイバー、ジョン・スラッテリー、スタンリー・トゥッチ、ジェイミー・シェリダン、ビリー・クラダップ、レン・キャリオー
原題:Spotlight
制作:アメリカ/2015
URL:http://spotlight-scoop.com
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

アカデミー賞の作品賞を獲った映画に納得がいかない場合が多い。今回の『スポットライト 世紀のスクープ』も、まあ、それなりに楽しめる映画だけれど、この映画が『マネー・ショート 華麗なる大逆転』や『ブリッジ・オブ・スパイ』や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を抑えて作品賞を獲るような映画にはとてもおもえない。

『スポットライト 世紀のスクープ』は「神父の子供への性的虐待」と云うセンセーショナルな題材だけにすべてを負ってしまってる。「神父の子供への性的虐待」をボストン・グローブの記者たちが、いろいろな障害がありながらも、教会側の隠ぺい体質に切り込んで行って、事実を暴いて行く過程はとても面白い。でもそこが面白いのはあたりまえで、さらにそこから一歩踏み込んだ描写がなければ、さすがアカデミー作品賞を獲った作品だけのことはある、にはならないじゃないのかなあ。

その一歩踏み込んだ描写とは、やはり神父側の描写ではないかとおもう。その描写がないと、記者側の熱意が伝わるだけの映画で、「神父の子供への性的虐待」を暴露するスクープが新聞に発表されたときの緊張感や達成感や記者としての「傲り」に対する苦悩などがグッと伝わってこない。このあたりはちょっとアラン・J・パクラの『大統領の陰謀』をおもいだす。

この映画を観ていて一番驚かされたのは「神父の子供への性的虐待」の発生率の高さだ。神父全体の6%にもあたっていて、ボストンだけでも87人もいる! このことは、ある特定の神父の問題だけではなく、またある特定の区域の問題でもなく、全世界に共通した「カトリック教会側のシステム」の問題であることがわかる。映画の中でも、まるで子供がそのまま爺さんになってしまったような、何の衒いも無くペラペラと過去の罪(とはまったくおもっていないけど)をしゃべる神父が登場して、それが「カトリック教会側のシステム」のすべてを代表しているようにも見えるけど、そこをもうちょっと踏み込んでもらえれば映画としてもっと充実感が得られような気がする。

→トム・マッカーシー→マーク・ラファロ→アメリカ/2015→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

スティーブ・ジョブズ

監督:ダニー・ボイル
出演:マイケル・ファスベンダー、ケイト・ウィンスレット、セス・ローゲン、ジェフ・ダニエルズ、マイケル・スタールバーグ、キャサリン・ウォーターストン、パーラ・ヘイニー=ジャーディン、リプリー・ソーボ、マッケンジー・モス、サラ・スヌーク
原題:Steve Jobs
制作:アメリカ/2015
URL:http://stevejobsmovie.jp
場所:イオンシネマ春日部

伝記映画の場合、単純にその人の生涯をそのまま追いかけただけでは忙しないジェットコースタームービーになってしまうだけだ。だから、一つのテクニックとして、その人の生涯の中で一番重要な出来事にだけにスポットライトを当てて、そこに回想を盛り込んで行く方法を取る場合がある。その方法のほうが、なんとなく、伝記映画として体をなすような気がする。

ダニー・ボイルの『スティーブ・ジョブズ』は、MacintoshとNeXTとiMacの製品発表会がはじまる数時間前だけにスポットライトを当てて、そこに過去の出来事の回想を盛り込んで行く形をとっている。ジョブズにとって、たしかにその3つの製品発表会は、彼の人生に於てもとても重要なイベントのような気もするけれど、その製品発表会そのものは描かないで、その壇上に立つ前の数時間だけに限定している構成にはとてもびっくりした。それも、主に登場するのはスティーブ・ウォズニアック、ジョン・スカリー、ジョアンナ・ホフマン、アンディ・ハーツフェルド、クリスアン・ブレナン&リサだけで、ジョブズと彼らの会話劇だけでドラマを進めている部分にも、おお、チャレンジャー! と感嘆せざるを得なかった。

これではもちろん「事実(と云われているもの)」を忠実に描いたことにはならないわけだけど、うまく「事実」のエッセンスを抽出して、それを再構成して、スティーブ・ジョブズの人物像を浮かび上がらせていることには成功していたとおもう。そんなダニー・ボイルの手腕にもびっくりした。

スティーブ・ジョブズがジョン・スカリーに云ったとされる有名な「このまま一生、砂糖水を売りつづけるのか、それとも世界を変えるチャンスをつかみたいか」のセリフが出て来そうで出て来ないし、ジョブズの不可能を可能であると信じさせてしまう能力を指した「現実歪曲フィールド」を堂々とセリフに登場させたり、Appleの歴史の中では注目もされずに忘れ去られたデバイスでしかないけど今でもファンの多数いるNewtonをわざとクローズアップさせたりと、何もかもが定石通りに作らない伝記映画としてなかなか楽しめる映画となっていた。万人に受ける映画とはまったくおもえないけど。

→ダニー・ボイル→マイケル・ファスベンダー→アメリカ/2015→イオンシネマ春日部→★★★☆

ボーダーライン

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、ジョン・バーンサル、ダニエル・カルーヤ、マキシミリアーノ・ヘルナンデス、ジェフリー・ドノヴァン
原題:Sicario
制作:アメリカ/2015
URL:http://border-line.jp
場所:角川シネマ有楽町

いま一番好きな監督は誰かと聞かれれば、真っ先にドゥニ・ヴィルヌーヴと答えるとおもう。だから、いつもはずるずるとして公開後すぐには見に行かないのに、この映画だけはさっそく観に行った。

70年代から80年代にかけて、中南米の政情不安定な国の裏側でアメリカのCIAが暗躍する映画が多数作られた。そこに巻き込まれる民間人や律義な軍人、役人などに焦点を当てて、正義とはいったいどこにあるのか? と問う映画がたくさん作られて、そんなジャンルの映画群が大好きだった。『戒厳令』『アンダー・ファイア』『サルバドル/遥かなる日々』とか。おそらくは、きれい事だけでは済まされない人間の世界の摂理がクローズアップされていてる部分に共感して、ありきたりで表面的な正義感だけの御託ばかりを並べているうすっぺらな人間の鼻柱をへし折っているような爽快感があったからだろうとおもう。

この映画ではエミリー・ブラントが正式な捜査手順を重んじる実直なFBI捜査官を演じていて、麻薬組織の大ボスを検挙するために上層部から命じられて国防総省のチーム(実際にはCIA)に加わるうちに、そこで行われている違法行為を隠すためだけに自分たちが参加させられ、利用されていることがわかって来る。

その国防総省のチームの中に、見るからに得体の知れない怪しげなベニチオ・デル・トロがいた。最初はただの脇役とおもっていた彼がどんどんと映画の中心に躍り出てきて、最後には完全に彼が主役となってしまったのにはびっくりした! 妻と娘を凄惨な方法で殺されて、その復讐のためには法を犯すことも厭わず、関係のない人間が巻き込まれて死ぬことにも良心が咎めることもなく、気持ちの良いくらいの一途な復讐心のみが絶対的な行動原理となって、人間としてあるべき姿の「ボーダーライン」を軽く超えてしまったそのベニチオ・デル・トロがなんともかっこよかった。麻薬組織の大ボスと家族を殺し終えたあと、夕暮れ時の薄日を背中から受けて、仰角からあおり気味で捉える彼のクローズアップは、ちょっと『セブン』のブラッド・ピットにさえも見えてしまった。

最後、FBI捜査官のエミリー・ブラントは、麻薬組織の大ボスと家族を殺害した一連の作戦をFBIの監視下のもとに行ったこととする書類(のようなものだとおもう)にサインさせられる。違法を許さないエミリー・ブラントはそれを頑なに拒否するが、ベニチオ・デル・トロによって喉元に拳銃を突きつけられて、自分の信念を曲げさせられてサインせざるを得なくなる。この二人が対峙するシーンの息の詰まるような緊迫感が凄かった。ついにサインをしてしまったエミリー・ブラントは、ベニチオ・デル・トロと同じように人としての「ボーダーライン」を超えてしまう。

このシーンのみならず、映画のはじまりに展開する麻薬組織の部屋に潜入して多数のビニールを被った死体を発見するシーンから、アメリカとの国境に近いメキシコの街フアレス(シウダード・ファレス)に潜入するシーン、ベニチオ・デル・トロが麻薬組織の大ボスの豪邸に潜入して家族の食卓に同席するシーンなど、そのすべてにおいて緊迫感が凄い。演出ドゥニ・ヴィルヌーヴ&撮影ロジャー・ディーキンスのとても素晴らしい仕事だ。

それにしても、いったいアメリカとメキシコの国境付近はいったいどうなってしまっているんだろう? イラクやシリアとまったく変わりがない。この映画を観たあとに、ちょうどタイムリーに「メキシコ麻薬戦争」(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳/現代企画室)の情報がTwitterに流れてきた。読んでみようとおもう。

→ドゥニ・ヴィルヌーヴ→エミリー・ブラント→アメリカ/2015→角川シネマ有楽町→★★★★

ルーム

監督:レニー・エイブラハムソン
出演:ブリー・ラーソン、ジェイコブ・トレンブレイ、ジョアン・アレン、ウィリアム・H・メイシー、ミーガン・パーク、ショーン・ブリジャース、キャス・アンヴァー、アマンダ・ブルジェル、ジョー・ピングー、トム・マッカムス
原題:Room
制作:カナダ、アイルランド/2015
URL:http://gaga.ne.jp/room/
場所:ユナイテッド・シネマとしまえん

ブリー・ラーソンがこの映画でアカデミー主演女優賞を獲った。主演女優賞が獲れるのは、純粋に演技の技量だけで獲るわけではなくて、アカデミー会員内の人気や駆け引きやロビー活動などが大きく左右するのは分かっているけれど、やっぱり納得がいかない場合が多い。この映画のブリー・ラーソンが主演女優賞に値するかと云えば、うーん、どうなんだろう? 完全に子役のジェイコブ・トレンブレイに食われてしまっている。ブリー・ラーソンの演技はジェイコブ・トレンブレイの演技がなければまったく引き立たないくらいに子供の演技に依存してしまっている。なのに、アカデミー主演女優賞と云うのはやっぱり納得が行かない。演技の技量だけで云うなら『キャロル』のケイト・ブランシェットには遠く及ばない。

この映画は、まずは宣伝されている内容に引きずられて、監禁された親子が捕らわれの身から脱出するところに目が行きがちだ。でも、実際に観てみるとPTSDに苦しみながらも日常を取り戻して行く親子の姿にも多くの時間を割いていた。そしてそのPTSDとは、脱出後に取材を受けたブリー・ラーソンがテレビのインタビュアーから投げ掛けられた2つの質問の内容に大きく集約しているんじゃないかとおもう。

・必死に逃げようとしたのか?
・息子に父親は誰なのかを説明するのか?

この2つの質問を自分の中でどのように折り合いをつけるのかがPTSDを克服する一つの道筋で、そこにブリー・ラーソンの演技の技量が求められるとはおもうのだけれど、あまりにもその描写があっさりとしすぎていた。他に父親役のウィリアム・H・メイシーが娘、そして孫に嫌悪を示してしまう部分など、それに呼応したブリー・ラーソンの繊細な演技も欲しかった。そんな演技で唸ってこそアカデミー主演女優賞だったのに。

子役のジェイコブ・トレンブレイは素晴らしかった。捕らわれの身から脱出しようとして、ピックアップトラックの荷台から空を見上げるときの解放感と云ったら!

→レニー・エイブラハムソン→ブリー・ラーソン→カナダ、アイルランド/2015→ユナイテッド・シネマとしまえん→★★★

東京マダムと大阪夫人

監督:川島雄三
出演:三橋達也、月丘夢路、大坂志郎、水原真知子、坂本武、芦川いづみ、稲川忠完、高橋貞二、毛利菊枝、奈良真養、滝川美津枝、北原三枝、多々良純、丹下キヨ子、小藤田正一、竹田法一、桜むつ子、草香田鶴子、槙芙佐子、高橋とよ
制作:松竹/1953
URL:
場所:フィルムセンター

川島雄三の映画をすべてコンプリートすべく、ちょこちょこと特集上映やCS放送で拾って、やっとこの『東京マダムと大阪夫人』で51本中25本目。まだまだ志し半ば。まあ、レンタルDVDなどで一気に見ようとおもえば出来るんだけど、気が付いたら拾って行くことを主義としているので、いつコンプリートできるのやら。

川島雄三のコメディには非道いものもあって、まったく笑えないものもあるけれど、『東京マダムと大阪夫人』は大当たりだった。同じ会社の社員住宅地に住む月丘夢路の「東京マダム」と水原真知子の「大阪夫人」の意地の張り合いを軸に、それぞれの夫(三橋達也と大坂志郎)のニューヨーク支店栄転競争、「大阪夫人」の弟の高橋貞二をめぐった「東京マダム」の妹の芦川いづみと会社専務の娘の北原三枝との「恋のさやあて」問題などがテンポよく渾然一体となってストーリーが形成されていて、そこに人事部長の妻の丹下キヨ子をリーダー格とした同じ社員住宅地内の主婦連中がガアガアくちばしを突っ込む(この住宅地を俗に「あひるが丘」と云って、じっさいに住宅地内の池であひるも飼われていて、そのあひるの声が主婦連中のおしゃべりに被るのが最高!)タイミングも抜群に、最後はめでたく「東京マダム」と「大阪夫人」の手打ち、潔く身を引いた北原三枝によって高橋貞二と芦川いづみの恋愛成就と相成って、人事部長は九州に飛ばされ、丹下キヨ子の代わりに高橋豊子(とよ)が登場して、あいかわずの主婦連中のガアガアで幕、と最初から最後まで大笑いだった。このテンポの良い笑いの「間」は今の笑いにも通ずる普遍的な笑いだなあ。

芦川いづみはこの『東京マダムと大阪夫人』がデビュー作だそうだ。若い、可愛い!

→川島雄三→三橋達也→松竹/1953→フィルムセンター→★★★★

リップヴァンウィンクルの花嫁

監督:岩井俊二
出演:黒木華、綾野剛、Cocco、原日出子、地曵豪、和田聰宏、毬谷友子、佐生有語、夏目ナナ、金田明夫、りりィ、野間口徹、野田洋次郎、紀里谷和明
制作:ロックウェルアイズ/2016
URL:http://rvw-bride.com
場所:池袋HUMAXシネマズ

岩井俊二が、最近あっちこっちにひっぱりだこの黒木華をフィーチャリングした映画を撮った。それも3時間の映画だ! 普通に考えれば、映画館での上映回数なども考えて2時間くらいの映画にするような題材を3時間もの長尺で撮ってしまうところがやっぱり岩井俊二だった。やりたい邦題できるのは、それだけ岩井俊二ブランドが確立しているからなのか。

3時間もの長さで、いろんな角度から黒木華の表情をカメラに収めた映画だった。それも教師→花嫁→喪服→メイドと、めくるめくコスチュームプレイをさせて、そのそれぞれでとことん黒木華をいじめ抜き、その窮地に陥った表情を余すことなく撮ると云う岩井俊二のサド気質満開の映画だった。これは『夏至物語』の白石美樹、『PiCNiC』のCHARA、『四月物語』の松たか子の系譜に連なる映画で、それを岩井俊二ブランドが確立した今、やりたい放題に突き詰めた映画だった。

じゃあ、そんな映画が面白いのか? 岩井俊二ブランド好きにはたまらない映画だった。3時間なんて、あっと云う間だった。でも、岩井俊二ブランドが好きではない人にとっては、まあ、とことん鼻に付く映画だろうなあ。

東京のあっちこっちを自転車で走る身にとって、それぞれのロケ場所が、あれ? 見たことあるなあ、だった。ネットで調べたり、メイキングビデオを見て、その場所を突き止めて見た。もしかすると「アルマリアンTOKYO」と「アンジェリオン オ プラザ TOKYO」は逆かも知れない。でも、疑似家族が一緒に帰るシーンは東京駅付近に見えたので、重婚結婚式場は「アンジェリオン オ プラザ TOKYO」じゃないかと。

●皆川七海が派遣教員として教える高校→那須高原海城高等学校多摩キャンパス(多摩市)
●皆川七海と鶴岡鉄也の結婚式場→アルマリアンTOKYO(池袋)
●皆川七海が家から放り出されキャリーバックを引きながらさまようところ→鶴見川河口付近
●皆川七海が働くビジネスホテル→ホテル末広(西蒲田)
●重婚結婚式場→アンジェリオン オ プラザ TOKYO(京橋)
●里中真白の住む豪邸→アルベルゴバンブー(箱根)

→岩井俊二→黒木華→ロックウェルアイズ/2016→池袋HUMAXシネマズ→★★★★