監督:ウェス・アンダーソン
出演:ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、ジェフリー・ライト、ティルダ・スウィントン、ブライアン・クランストン、エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ、リーヴ・シュレイバー、ホープ・デイヴィス、スティーヴン・パーク、ルパート・フレンド、マヤ・ホーク、スティーヴ・カレル、マット・ディロン、ホン・チャウ、ウィレム・デフォー、マーゴット・ロビー、ジェイク・ライアン、グレース・エドワーズ、ジェフ・ゴールドブラム
原題:Asteroid City
制作:アメリカ/2022
URL:https://asteroidcity-movie.com/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

ウェス・アンダーソンの映画がやって来るとつい観に行ってしまうのに、それでもやっぱりウェス・アンダーソンの映画は訳がわからない。その訳のわからなさを面白がるために観に行くのが正解だとはおもうのだけれど、映画を観終わるといつもモヤモヤして映画館を去ることになる。

今回の『アステロイド・シティ』は、1950年代のアンソロジーテレビ番組が伝説の劇作家のコンラッド・アープ(エドワード・ノートン)を紹介するかたちで彼の劇を映画として見せていく。まず、そこが訳がわからない。演劇と云う閉ざされた「場」で見せる劇を映画へと置き換えたときに、カメラの横移動で「場」を見せていく面白さ、なのかもしれないけれど、うーん、そこが面白いような、面白くないような。

劇の舞台はアメリカ南西部に位置する砂漠の街アステロイド・シティ。そこで開かれるジュニアスターゲイザー賞(若き優秀な科学者を発掘する賞みたいなもの?)に招待された子供と親たち。それぞれの家族の事情が交錯する面白さ。うーん、面白いような、面白くないような。いつもながらキャストが豪華なのは楽しい。

アステロイド・シティは隕石が落下してできた巨大なクレーターが最大の観光名所。それが関係してなのか、ジュニアスターゲイザー賞の授賞式真っ最中に飛来してくるエイリアンの唐突さ。エリア51を彷彿とするような、ジョーダン・ピール『NOPE/ノープ』をおもい出させるような。うーん、面白いような、面白くないような。いや、エイリアンがジェフ・ゴールドブラムなのは面白い!

全体的に1950年代のテレビ番組が劇作家を紹介する体を取っているので、アメリカの古き良き50年代テーストになっているところがとてもお洒落。うーん、いつもながらウェス・アンダーソンの映画はカッコイイ。

スタイリッシュな映像に幻惑されながら全編を通して楽しめはするけど、やっぱり自分にとって面白いとはおもえないところがいつものウェス・アンダーソンの映画。でもまた次作を観に行ってしまうのだろうなあ。

→ウェス・アンダーソン→ジェイソン・シュワルツマン→アメリカ/2022→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★

監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート、スコット・スピードマン、ドン・マッケラー、ヴェルケット・ブンゲ
原題:Crimes of the Future
制作:カナダ、ギリシャ/2022
URL:https://cotfmovie.com
場所:MOVIXさいたま

デヴィッド・クローネンバーグの映画と云えば、彼が注目され始めた『スキャナーズ』(1981)『ヴィデオドローム』(1983)や興行的に成功した『ザ・フライ』(1986)のような、アンダーグランドに蠢く得体のしれないものに支配されはじめる世界を描くことが多くて、バイオメカニズム的な、ぐちゃぐちゃっとした、尋常な人ならば生理的に受け付けることがとても難しい訳の分からない物体を登場させて、我々を不安に落とし入れることを得意とするスタイルを持っていた。それはずっと『危険なメソッド』(2011)まで続いていたとおもう。

ところが『コズモポリス』(2012)『マップ・トゥ・ザ・スターズ』(2014)と、やたらと洗練された映像の映画を撮るようになってしまって、ああ、クローネンバーグも時代に合わせて変貌してしまったんだなあ、と少し残念に感じていた。

そして、ついに映画も撮らなくなって(撮れなくなって?)、終わりなのかな、とはおもっていた。

そこに突然、8年ぶりに『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』がやって来た。どんなもんだろう? と観てみると、これ、これ! これこそがクローネンバーグの映画だ! とおもわせる、ぐちゃぐちゃ、ぬるぬる、めりめり、の映画が復活していた。やっぱりこれじゃなくっちゃ、と喜ぶと同時に、これはいったい何を意味するんだろうと考えてしまった。内容も、パンデミックを経験した現実世界に呼応するようなストーリーで、宮崎駿の『君たちはどう生きるか』と同じクローネンバーグの遺書のような引退作品になるんじゃないかと勝手に想像してしまった。

と変な勘ぐりをしていたら、次回作『The Shrouds』が発表されていた。

https://eiga.com/news/20220531/15/

「妻の死に喪失感を抱える革新的な実業家カーシュ(バンサン・カッセル)が、埋葬された死体と繋がることのできるデバイスを開発するというストーリー」だそうだ。まだまだ、クローネンバーグの、ぐちゃぐちゃ、ぬるぬる、めりめり、は続く。

→デヴィッド・クローネンバーグ→ヴィゴ・モーテンセン→カナダ、ギリシャ/2022→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、ヴィング・レイムス、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン、ヴァネッサ・カービー、イーサイ・モラレス、ポム・クレメンティエフ、ヘンリー・ツェニー
原題:Mission: Impossible – Dead Reckoning Part One
制作:アメリカ/2023
URL:https://missionimpossible.jp
場所:MOVIXさいたま

アメリカのテレビドラマ『スパイ大作戦』をベースにした映画「ミッション:インポッシブルシリーズ」も、その第一期とも云える『ミッション:インポッシブル』(1996年)『M:I-2』(2000年)『M:i:III』(2006年)は主にサスペンスに重きを置いている映画だったようにおもう。ところがそのあとの第二期とも云える『ゴースト・プロトコル』(2011年)『ローグ・ネイション』(2015年)『フォールアウト』(2018年)になると、VFX撮影技術の進化もあってか、いかにして観客の度肝を抜くアクション・シーンを見せられるかの品評会のような様相を呈してきた。それはそれで、そう云う映画と割り切って観れば楽しめる映画ではあったけれど、いくらなんでもパターン化してしまって飽きが来る段階に入ってきたんじゃないかとおもっていた。

ところが『デッドレコニング PART ONE』は、市街地でのカーチェイスであったり、疾走する列車の屋根上での格闘であったりと、活動写真が登場したころから続く古典的なアクションのシチュエーションを使いながらも、それはわざとそうしているのであって、そのような古臭い状況でも、これだけのスリルを味わえるんだぜ、の見せ場を作ってくる自信満々な態度が素晴らしかった。

でも、崖から飛び降りたトム・クルーズが、パラシュートを使いながら暴走するオリエント急行の窓に突っ込むシーンはあまりにもやりすぎな感じが満載で、もう笑ってしまうほどだった。アクションでもホラーでも、やりすぎると笑えると云う、映画においてコメディこそが頂点に君臨するんだなと改めて認識できる映画だった。

そうそう、それから、スパイ映画において、CIAを間抜けに描いて、MI6を優秀に描く設定って、どうしてなんだろう?

→クリストファー・マッカリー→トム・クルーズ→アメリカ/2023→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:グレタ・ガーウィグ
出演:マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、ケイト・マッキノン、イッサ・レイ、ハリ・ネフ、アレクサンドラ・シップ、エマ・マッキー、シャロン・ルーニー、デュア・リパ、ニコラ・コクラン、アナ・クルーズ・ケイン、リトゥ・アルヤ、マリサ・アベーラ、キングズリー・ベン=アディル、シム・リウ、スコット・エヴァンス、チュティ・ガトゥ、ジョン・シナ、マイケル・セラ、エメラルド・フェネル、アメリカ・フェレーラ、アリアナ・グリーンブラット、ウィル・フェレル、コナー・スウィンデルズ、ジェイミー・デメトリウ、リー・パールマン、ヘレン・ミレン(ナレーター)
原題:Barbie
制作:アメリカ/2023
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/barbie/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

1959年3月にアメリカのマテル社から発売された女の子向けの人形玩具「バービー」は、日本では1967年に発売されたタカラの「リカちゃん」人形が爆発的な人気を得てしまったために市場に入り込む余地がなくなってしまったけれど、その後もタカラと提携したり、バンダイと提携したりと、日本でもある程度は認知度はある人形玩具になった。

世界中で大ヒットした人形玩具「バービー」だとしても、その映画化を女性たちは観るんだろうかと頭の中にはクエスチョンマークがいっぱいだった。でも、映画館での予告編を観たり、SNSで事前情報を得たりすると、単純なおもちゃに関する映画ではなくて、昨今の時流に合わせたジェンダーフリーに関する映画に仕上げているようなので、グレタ・ガーウィグが監督することもあって観に行くことにした。

女の子が必ずと云って良いほど夢中になる人形玩具と云うものが、人形で遊ぶことが「女らしい」と考える周りの大人たちからの働きかけによることが大きいのだとすると、そのような旧弊な考え方が女性と云うものをある一定の枠に押し込めてしまって、女性の社会進出を阻める役割を担ってきたとも云えるのかもしれない。

このことがこの映画が作られたポイントではないかと考えて観始めた。

マーゴット・ロビーが演じている「バービー」は、女性のために作られた見せかけの理想である「バービーランド」から抜け出て、現実の人間社会でのさまざまな女性たちを見ることによって、自分の置かれている立ち位置を理解して「自立」しはじめる。

と云うようなところまでは考えていた通りだった。

でもグレタ・ガーウィグは、フェミニズム一辺倒の映画にはしなかった。「バービー」に添え物のように存在している男の人形「ケン」からの視点を入れたり、グレタ・ガーウィグが『レディ・バード』でも見せたような母娘の視点を取り入れたりと、そうすることによってもっと総合的な視点からの女性映画に仕上げていた。

最後、人間の世界での生活をはじめた「バービー」が婦人科に行って「婦人科検診に来ました!」と言って映画は終わる。これはいったい何を意味するのかとグレタ・ガーウィグのインタビューを読んだら、

https://www.cinra.net/article/202308-gretagerwig_gtmnm

「バービーが最後にすることはすごく普通なことだから、逆に響くんじゃないかなって考えたんです。」
「あれが勝利だとしたら最高じゃないですか? 勝利のかたちが「普通なことをすること」って。」

と云っていた。なるほどねえ、奥深い映画だった。さすがグレタ・ガーウィグだった。

→グレタ・ガーウィグ→マーゴット・ロビー→アメリカ/2023→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:宮﨑駿
声:山時聡真、菅田将暉、柴咲コウ、あいみょん、木村佳乃、木村拓哉、風吹ジュン、大竹しのぶ、阿川佐和子、火野正平、小林薫、竹下景子、國村隼、滝沢カレン
制作:スタジオジブリ/2023
URL:
場所:109シネマズ木場

2013年にスタジオジブリから宮崎駿が『風立ちぬ』を最後に長編映画の制作から引退することが発表された。出た! またやめるやめる詐欺だな、とはおもったけれど、そこは厳粛に受け止めることにした。でも、絶対にいつかはカムバックしてくると確信していた。

案の定、2017年に宮崎駿が長編映画の制作に復帰したことが鈴木敏夫から公表された。宮崎駿自身は「自分は引退中であり、引退しながらやっている」と云っているらしい。うーん、「引退」とは?

「引退しながらやっている」の意味として考えられるのは、みんなが期待しているようなジブリ映画ではないものを作っている、ではないかとおもって、そこ一点だけを期待して観に行った。

ところが、普通の宮崎駿のジブリ映画だった。世界観の設定、キャラクターの役割、ストーリー展開と、すべてが今まで通りだった。だとしたら、引退しながらもこの映画を作る意義がどこにあるのかと。ひとつの手がかりとしては、2013年の引退会見のときに宮崎駿が云っていた「この世は生きるに値すると子供に伝えたい」だった。英国の児童文学作家のロバート・ウェストールが云った「この世はひどいものである。君はこの世に生きていくには気立てがよすぎる」を引き合いに出し、これからの世代を担う子どもたちに「この世は生きるに値する」について考えながら生きてほしいとのメッセージを残していた。

https://www.nikkei.com/article/DGXNZO59386140W3A900C1000000/

その引退時のおもいを実現させたのがこの『君たちはどう生きるか』ではなかったのか。だから「引退」しながらも作る必要があったのではないか。これで宮崎駿は本当に引退するかもしれない。

→宮﨑駿→(声)山時聡真→スタジオジブリ/2023→109シネマズ木場→★★★☆

監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ハリソン・フォード、フィービー・ウォーラー=ブリッジ、アントニオ・バンデラス、ジョン・リス=デイヴィス、シャウネット・レネー・ウィルソン、トーマス・クレッチマン、トビー・ジョーンズ、ボイド・ホルブルック、オリヴィエ・リヒタース、イーサン・イシドール、マッツ・ミケルセン、カレン・アレン
原題:Indiana Jones and the Dial of Destiny
制作:アメリカ/2023
URL:https://www.disney.co.jp/movie/indianajones-dial
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

スティーヴン・スピルバーグ監督の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』が公開された1981年当時、ツルモトルームから刊行されていた「スターログ日本版」を熱心に愛読していて、そこでの『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』公開カウントダウンのような様相に否が応でも盛り上がってしまって、ウキウキしながら公開初日を迎えたことをよく覚えている。だから今でもジョン・ウィリアムスのテーマ曲が流れると心躍らされてしまう。

そのインディ・ジョーンズ・シリーズの4作目『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』が公開されてから15年も経って、驚くことに5作目の新作がやってきた。なぜ、いま? と云うおもいはあるのだけれど、予告編でジョン・ウィリアムスのテーマ曲を聞かされるとウキウキしてしまう条件反射が身についてしまっていた。

たしか『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』の脚本を書いたローレンス・カスダンは、昔の連続活劇の映画を参考にしたと語っていたような気がする。主人公が危機一髪に陥って「to be continued」になる。いったいどうやって危機を乗り切るんだろう? と期待しながら次作をを待つ楽しみが連続活劇にはあった。そのワクワク感を映画に持ち込んだ脚本が『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』だった。

インディ・ジョーンズ・シリーズの1作目『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』はまさに主人公の危機一髪の連続だった。予告編のときから使用されていた狭い洞窟の中を丸い大きな石がこちらに向かって転がって来るビジュアルなんて、まさにインディ・ジョーンズを象徴するシーンだった。そんな馬鹿げたビジュアルを、それでいて映画としては映えるビジュアルを大真面目に実現しているのがインディ・ジョーンズ・シリーズだった。

今回のインディ・ジョーンズ・シリーズ5作目『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』は、監督がスピルバーグからジェームズ・マンゴールドに変わってしまった。けれども、スピルバーグ版インディ・ジョーンズのエッセンスをしっかりと継承していて、悪漢に取り囲まれるシーンあり、すんでのところで脱出するシーンあり、おびただしい数のムカデが出るシーンあり、顔面パンチありと、オマージュとも捉えることのできるシーンの連続だった。ただ、ローレンス・カスダンが脚本の元とした連続活劇には、短いエピソードが「to be continued」でつながる小気味よさがあるはずだった。ところが154分もの長尺の映画になってしまうと、ひとつひとつのエピソードが間延びして、軽快さはほとんど消え失せてしまっていた。それが残念だった。

最近の映画はどれも長すぎる。映画の上映時間は1時間30分から2時間が基本だよなあ。

→ジェームズ・マンゴールド→ハリソン・フォード→アメリカ/2023→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:アンディ・ムスキエティ
出演:エズラ・ミラー、サッシャ・カジェ、マイケル・シャノン、ロン・リビングストン、マリベル・ベルドゥ、キアシー・クレモンズ、アンチュ・トラウェ、マイケル・キートン、ベン・アフレック、ジェレミー・アイアンズ、ニコラス・ケイジ、ジョージ・クルーニー
原題:The Flash
制作:アメリカ/2023
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/flash/
場所:MOVIX川口

DCコミックスの中の「スーパーマン」や「バットマン」は知っていても「フラッシュ」はまったく知らなかった。だから普通ならば観るのを敬遠してしまうのだけれど、どうやら出来が良いとのことなので観に行くことにした。

「フラッシュ」はスーパーヒーローとして超高速で移動できることを特色としていて、その速さから光速をも超えて時間さえも遡ることさえも出来てしまう。このタイムワープの能力を使って、警察法医学捜査官でもある「フラッシュ」は父親が母親を殺したとする嫌疑を晴らそうとする。どころか、過去に行って母親の命を助けてしまう。

スーパーヒーローが市井の人々を悪から守る活躍ぶりは二の次にして、スーパーヒーロー自身のパーソナルな問題にスポットを当てるのは『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』にとても良く似ていた。そこにマルチバースを絡めるのもそっくりだった。ただ、『ザ・フラッシュ』が良かったのは、そのマルチバースの説明がすっきりしていて、なるほど、と納得が行ってしまうところだった。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をはじめとするタイムワープの映画で問題となるのは、過去を変えてしまううとどうなるのか? だった。例えばタイムトラベラーが過去に遡って自分の祖父を殺したとする。すると祖父には子どもがいなくなり、タイムトラベラーの両親はもちろんのこと、タイムトラベラー自身もいなくなる。では、いったい誰が祖父を殺すのだろうか、と云うパラドックスだ。そこに『ザ・フラッシュ』はマルチバースの理論を導入した。過去を変えてしまった時点で違うユニバースに分岐すると云う理論だった。だから母親が亡くなった世界の「フラッシュ」と、母親が助かった世界の「フラッシュ」のふたりが存在していてもOKだった。でも、そのふたつのユニバースをどうやって行き来するのかはよくわからののだけれど。

いろいろなユニバースの「フラッシュ」が存在するのならば、もちろん「バットマン」も「スーパーマン」も複数存在する。そこに過去の様々な役者が演じた「バットマン」や「スーパーマン」を持ってくるのは感動モノだった。とくにクリストファー・リーヴ! 彼が出てくるシーンには鳥肌が立った。

いろいろと一件落着して自分の世界に戻った「フラッシュ」は、自分の世界の「バットマン」であるマイケル・キートンに会う。とおもったら、マイケル・キートンではなく、なんと彼(も出演してくれた)!

→アンディ・ムスキエティ→エズラ・ミラー→アメリカ/2023→MOVIX川口→★★★☆

監督:ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン
声:小野賢章、悠木碧、宮野真守、乃村健次、小島幸子、上田燿司、岩中睦樹、関智一、田村睦心、木村昴、佐藤せつじ、江口拓也、高垣彩陽、猪野学、興津和幸、鳥海浩輔
原題:Spider-Man: Across the Spider-Verse
制作:アメリカ/2023
URL:https://www.spider-verse.jp
場所:109シネマズ木場

2018年に作られたアニメーション『スパイダーマン:スパイダーバース』は、例えばマーベル・シネマティック・ユニバースの世界における「スパイダーマン」をマルチバースの「アース199999」または「アース616」に、1967年にアメリカで作られたテレビアニメ「スパイダーマン」をマルチバースの「アース67」に、1978年に日本の東映で作られた実写特撮テレビシリーズ「スパイダーマン」を「アース51778」と云うように、過去に作られた様々な「スパイダーマン」をマルチバースの世界の中のひとつとして「アース」に番号をつけて指定している世界観が面白かった。だから次回作は、その「アース」世界がさまざまに絡み合って究極のマルチバース映画になるんだろうと期待していた。

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、その様々な「アース」世界の「スパイダーマン」がストーリーに関わりはするのだけれど、結局はこの映画の主人公であるマイルズ・モラレス(アース1610)個人の究極の選択に集約しているところがとても世界を狭めてしまっているようで、それって広大なマルチバースの世界観は必要なの? っておもってしまった。

それにマルチバースの世界観は複雑すぎて、ゴリゴリのSFが好きな人ならばその複雑な設定にテンションが上がるのだろうけれど、一般人にとっては振り回されて、こねくり回されて、フラフラな思考状態になるだけだった。その結果、映画が終わってからの観客のどよめきがすごかった。これっていったい何? 140分も使って「つづく」なの? 状態だった。

アニメーションの手法が斬新でかっこ良かったので、もっとストーリーを整理して、90分くらいで「つづく」なら素晴らしかったのに。

→ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン→(声)小野賢章→アメリカ/2023→109シネマズ木場→★★★

監督:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、キム・ミニ、ソ・ヨンファ、パク・ミソ、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングク、キ・ジュボン、イ・ユンミ、キム・シハ
原題:소설가의 영화
制作:韓国/2022
URL:https://mimosafilms.com/hongsangsoo/
場所:ヒューマントラストシネマ有楽町

ホン・サンスの会話劇はいつもところどころで緊張感を生んでいる。そこでのちょっとしたピリピリ感がたまらなく大好きなので、だから延々とその会話を聞いていられる。今回の『小説家の映画 』では、いきなり誰かが誰かを叱責している声が聞こえるシーンからはじまる。イ・ヘヨンが演じる小説家が、ソウルから少し離れた河南(ハナム)市にある後輩のソ・ヨンファが営んでいる書店を訪ねたファーストシーンだった。その怒鳴り声にも聞こえる強烈な叱責は最後まで誰から誰へ発したものかはわからない。いや、わかると云えばわかるのだけれど、その二人にそこまでの張り詰めた関係性があるとは最後までわからなかった。(ちょっとだけ手がかりがあって、ああ、この子はダメな子なのかな、と微妙にわかるシーンが素晴らしい)

そこからイ・ヘヨンの小説家は彷徨し、クォン・ヘヒョが演じる映画監督の夫婦に偶然出会う。そこでの会話のぎこちなさから過去のふたりのあいだに何かしらの確執があったことをうかがい知ることができる。実際にイ・ヘヨンの小説を原作にクォン・ヘヒョが映画を撮る予定だったことが、プロデューサーの意向からか破綻した経緯があることが明らかになる。

そしてさらに彼らはキム・ミニが演じる第一線を退いた人気女優のギルスと出会い、クォン・ヘヒョがキム・ミニに発したちょっとした言葉から小説家と映画監督との間に、昔の確執も影響してなのか、ちょっとした諍いが起きる会話の流れも素晴らしかった。

いたたまれなくなったクォン・ヘヒョの映画監督と妻は去って行き、イ・ヘヨンの小説家はキム・ミニの女優に昔からの大ファンだったと告げ、あなたと一緒に短編映画を撮りたいと告げる。はたしてそのいきなりのオファーをキム・ミニは受けるのか? ここでもちょっとした緊張感を生んでいる。

キム・ミニへ突然かかってきた携帯によって、近くの知り合いに会いに行かなければならなくなり、イ・ヘヨンも一緒に行くことになった。驚いたことに向かった先はイ・ヘヨンが最初に訪れた後輩が営む書店だった。そしてそこでイ・ヘヨンの昔からの知り合いでもある詩人のキ・ジュボンと久しぶりに出会う。またまた二人のあいだの関係性が微妙で、ここでまたちょっとした緊張感を生んでいる。

それから時は過ぎ、イ・ヘヨンはキム・ミニと短編映画を撮り、その試写に彼女を呼ぶ。映画が終わって出てきた微妙な表情のキム・ミニ。ここでも緊張感を生んでいる。彼女の、なんだこの映画は! の雰囲気が最高。いや、彼女がどうおもっているのかはっきりとはわからないのだけれど。

こんな感じで今回の『小説家の映画』はいつもよりも緊張感の連続だった。ホン・サンスの会話劇はますます洗練されてきてるような気がする。ウッディ・アレンが映画を撮れなくなり、コンスタントに作る映画作家で公開が待ち遠しいのはホン・サンスだけになってしまった。

→ホン・サンス→イ・ヘヨン→韓国/2022→ヒューマントラストシネマ有楽町→★★★★

監督:パオロ・タヴィアーニ
出演:ファブリツィオ・フェラカーネ、マッテオ・ピッティルーティ、ロベルト・ヘルリッカ(声)
原題:Leonora addio
制作:イタリア/2022
URL:https://moviola.jp/ihai/#modal
場所:新宿武蔵野館

映画をたくさん観始めたころ、キネ旬ベストテンの常連だったのがヴィットリオとパオロのタヴィアーニ兄弟の映画だった。キネ旬読者としては、キネ旬ベストテンに選ばれた映画を見に行こう! の機運から、『父 パードレ・パドローネ』(1977、第56回(1982年度) キネマ旬報ベスト・テン10位)や『サン★ロレンツォの夜』(1982、第57回(1983年度) キネマ旬報ベスト・テン10位)や『グッドモーニング・バビロン! 』(1987、第61回(1987年度) キネマ旬報ベスト・テン1位)を観に行った。でも、まだ様々な映画を理解する能力には乏しく、テオ・アンゲロプロスほど難解ではないにしろタヴィアーニ兄弟の映画も楽しむのには無理があって、とくにヨーロッパ映画の経験値がおそろしく不足していた。

あれからヌーベルバーグの映画などを観てヨーロッパ映画の経験値を上げていって、それなりに様々な映画を楽しめるようにはなっていったけれど、その後のタヴィアーニ兄弟の『太陽は夜も輝く』(1990年)や『フィオリーレ/花月の伝説』(1996年)もあまり面白いとはおもえなかった。

そのタヴィアーニ兄弟も兄のヴィットリオが2018年4月15日に亡くなってしまった。一人だけになってしまったパオロ・タヴィアーニが91歳になって撮ったのが『遺灰は語る』だった。

今回の『遺灰は語る』は、1934年のノーベル文学賞受賞者であるイタリアのルイジ・ピランデッロの「遺灰」にまつわる話しだった。ピランデッロの遺言には「遺灰」は海にまくか故郷のシチリアの岩の中に納めてくれとあるのに、当時の独裁者ムッソリーニはピランデッロの「遺灰」をローマに埋葬してしまった。戦争が終わってから、シチリアからの特使がピランデッロの「遺灰」を持ち帰るためにローマを訪れる。しかし、おもうようにことが運ばずに、なかなかシチリアに「遺灰」を持って行くことができない……。

最近はやたらとドラマティックな映画ばかり観て来たので、この映画のような単純なプロットありきで、さしたる大事件も起こらずに、人間の些細な行動の機微を静かに追いかける映画はとても新鮮に感じられてしまった。歳を重ねて、映画の経験値も上がり、いまやっとタヴィアーニ兄弟の映画を楽しめるようになったのだとおもう。

そして、ルイジ・ピランデッロの「遺灰」にまつわるエピソードは白黒映像であったけれど、エピローグとしてピランデッロの遺作短編小説「釘」を鮮やかなカラーで映像化してこの映画を締めくくっている。この短編もまあなんとも不思議な話しで、ちょっと凄惨なストーリーでもあり、日本人にはまったく馴染みのないルイジ・ピランデッロがどんな作家だったのかを手がかりとしてちょっとだけ残してくれたようなエンディングだった。

→パオロ・タヴィアーニ→ファブリツィオ・フェラカーネ→イタリア/2022→新宿武蔵野館→★★★☆