監督:ショーン・ベイカー
出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン、アレクセイ・セレブリャコフ、ダリヤ・エカマソワ、ルナ・ソフィア・ミランダ、リンジー・ノーミントン
原題:Anora
制作:アメリカ/2024
URL:https://www.anora.jp
場所:MOVIX川口

今年のアカデミー賞の作品賞を獲ったショーン・ベイカー監督の『ANORA アノーラ』を観に行った。カンヌのパルム・ドールを獲った映画なので観に行こうかとはおもっていたけれど、予告編を観る限りでは興味をそそられる内容の映画ではなかった。

ニューヨークでストリップダンサーとして働くアノーラが、ロシアのオリガルヒの息子イヴァンと出会い、恋に落ちる。しかし、息子の結婚に反対するイヴァンの両親がニューヨークまで乗り込んでくる…。

と、Wikipediaにあらすじが書いてあるけど、なんと、この内容でほとんど説明のつくの映画だった。何の驚きもない、こちらの想像を超える映画でもなかった。どこが評価されてパルム・ドール、そしてアカデミー賞作品賞に選ばれたんだろう? それがまったくわからない。一つあるとすると、制作費600万ドルの低予算で作られたインディペンデント映画にしては、とてもしっかりとした映画だったくらいかなあ。

アノーラ(マイキー・マディソン)が好きになるロシアの富豪の息子イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)が、アノーラが好きになるべくほんのちょっとでも魅力的な部分があればそれで腑に落ちる映画なのに、まったくのバカ息子であることに呆れてしまった。彼の両親も「バカ息子」と連呼するんだからもう笑うしか無い。バカ息子を好きになるアノーラに何の感情も移入できない。どうしたもんかと映画を観ながら迷走してしまった。

「Fuck!」を連呼したりセックスのシーンも多くて、誰に向けた映画なのかもさっぱりわからなくて、MOVIX川口の18時15分の回もガラガラだった。アカデミー作品賞を獲った映画の興行がますます成り立たなくなる。

→ショーン・ベイカー→マイキー・マディソン→アメリカ/2024→MOVIX川口→★★★

監督:ブラディ・コーベット
出演:エイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアース、ジョー・アルウィン、ラフィー・キャシディ、ステイシー・マーティン、アレッサンドロ・ニヴォラ
原題:The Brutalist
制作:アメリカ、イギリス、ハンガリー/2024
URL:https://www.universalpictures.jp/micro/the-brutalist
場所:MOVIX川口

今年のアカデミー賞の主演男優賞は『ブルータリスト』のエイドリアン・ブロディが獲った。多くの人が『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』のティモシー・シャラメが獲ると予想していた中での授賞だった。たしかに『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』のティモシー・シャラメは素晴らしかった。エイドリアン・ブロディはすでに『戦場のピアニスト』(2002)で主演男優賞を獲っているのでティモシー・シャラメでも良かったような気もするけれど、そのときのアカデミー会員の気持ちや機運次第だからなあ。しょうがない。

その『ブルータリスト』を観てみると、確かにエイドリアン・ブロディの演技も素晴らしくて、主演男優賞を獲ってもおかしくない演技だった。そこに異論を挟む余地が無いことがわかった。まあ、演技に優劣をつける事自体に無理があるので、ノミネートされることだけでもっと名誉を授けても良いような気がする。

ホロコーストを生き延びてアメリカへと渡ったユダヤ人建築家の30年にわたる数奇な運命を描くこの映画は、なんと35mmビスタビジョンで撮られていて(今のシネコンじゃフィルム上映じゃないだろうけれど)、まるでセシル・B・デミルの『十戒』(1956)をおもい出させるような壮大な叙事詩だった。前半100分、後半100分の間に15分のインターミッションを設けるなど、むかしの長編大作映画のつくりを模倣しているところも映画ファンにとっては嬉しかった。でもインターミッションって、昔は嬉しかったけれど今は少し手持ち無沙汰だった。

エイドリアン・ブロディが演じている建築家ラースロー・トートは、ガイ・ピアースが演じているアメリカの実業家ハリソン・ヴァン・ビューレンの要請で、ペンシルベニア州ドイルスタウンの小高い丘に、ハリソンの母親の名を冠した「マーガレット・ヴァン・ビューレン・コミュニティセンター」を建築する。しかし、このハリソンのラースローに対するリスペクトからはじまったプロジェクトが次第におかしな展開を見せて行き、二人の関係も複雑さを増して行く。あからさまに愛情や嫉妬、支配や開放、同情や反感を見せることなく、でも根底にはしっかりとそのような人間の情念が存在している静かな緊張感が、まるでポール・トーマス・アンダーソンの映画のようで、とても心地よかった。

複雑な人間関係は、アメリカへ渡って来たラースローを助ける彼のいとこアティラ(アレッサンドロ・ニヴォラ)とその妻オードリー(エマ・レアード)との関係からすでにはじまっていて、ラースローがヨーロッパから呼び寄せる妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)との関係もしかり。だから、唯一わかりやすい行動を見せるハリソンの息子ハリー(ジョー・アルウィン)の俗っぽさが際立ったのはおかしかった。

ストーリーがいったいどこに向かうのかまったく予測がつかない215分間はあっと云う間だった。だから、インターミッション無しで一気に見てもまったく問題なかった。

→ブラディ・コーベット→エイドリアン・ブロディ→アメリカ、イギリス、ハンガリー/2024→MOVIX川口→★★★★

監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、初音映莉子、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
原題:A Complete Unknown
制作:アメリカ/2024
URL:https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

リアルタイムで聴いたわけでは無いんだけれど、たとえばビートルズとか、それより前のジャズ系の女性ヴォーカリストとか、あとからその良さを知ってCDを買い漁ったミュージシャンはたくさんいる。でも、その中にボブ・ディランはいなかった。なぜか、ボブ・ディランの曲にビビビッと電流が走ることはなかった。

時は流れて2005年。マーティン・スコセッシのドキュメンタリー映画『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』を見て、遅ればせながらボブ・ディランの良さをやっと認識した。それは歳を重ねて趣味が変わった所為なのか、スコセッシの映画がよく出来ていたからなのか、そのどっちもあったような気がする。と同時に、ジョーン・バエズの弾き語りのカッコよさにも圧倒された。

そのボブ・ディランをティモシー・シャラメが演じて、ジョーン・バエズをモニカ・バルバロが演じた映画がジェームズ・マンゴールド監督の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』だった。ボブ・ディランがウディ・ガスリーとピート・シーガーに認められてデビューし、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで多くの人に不快感を与えながらも強行したエレクトリック・ロックンロール・パフォーマンスの模様までを描いている。

アーチストと呼ばれる人たちは、過去には無い新しいものを創作することに意義を見出す人たちなのに、それが時代にマッチして大衆の人気を得たと同時に新しさが薄れ、と同時に大衆に迎合せざるを得ない状況に追い込まれるジレンマが必ず起きる。ボブ・ディランはそのような板挟みをまったく意に介さず、静かに、淡々と色々なものを吸収しながら新しさを求め続けた姿勢がかっこよかった。それをティモシー・シャラメが自然に演じていたのが凄かった。アカデミー賞主演男優賞を獲ってもおかしくなかった。

振り返ると日本のフォークって、どれだけボブ・ディランに感化されていたことか。それがやっと、遅すぎたけれど、わかった。そう云えば、ボブ・ディランの名前をはじめて知ったのは、今でもレコードを買いに行ったことをありありとおもい出せるガロの「学生街の喫茶店」だった。知らず知らずに誰もがボブ・ディランの影響を受けている。

→ジェームズ・マンゴールド→ティモシー・シャラメ→アメリカ/2024→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★

監督:塚原あゆ子
出演:松たか子、松村北斗、吉岡里帆、森七菜、YOU、竹原ピストル、松田大輔、和田雅成、鈴木慶一、神野三鈴、リリー・フランキー
制作:「1ST KISS」製作委員会/2025
URL:https://1stkiss-movie.toho.co.jp
場所:MOVIXさいたま

以前にフジテレビのドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」を面白いよと人に勧められて見て、いや、これは確かに面白いや、と感心したことがあった。脚本は坂元裕二。名前はもちろん知っていたけれど、テレビドラマをあまり見ないのでそんなに注目することはなかった。そのあとに、是枝裕和監督、坂元裕二脚本の『怪物』が第76回カンヌ国際映画祭の脚本賞を獲ったことによって話題になったので期待して観に行った。ところが今度は、期待しすぎたのかあまり面白いと感じることはなかった。

そして今度は塚原あゆ子監督、坂元裕二脚本の『ファーストキス 1ST KISS』を期待しないで観てみた。ゆるりと観るぶんには、とてもおもしろい映画だった。でも、毎度のことながらタイムワープものの映画は、あまりにもやりたい放題の設定が出来てしまうので、それは無いんじゃない? と感じることが多い。

『ファーストキス 1ST KISS』は、松たか子が演じる硯(すずり)カンナが、駅のホームから落ちたベビーカーを救ったために電車に轢かれて死んでしまう松村北斗が演じる夫の硯駈(すずりかける)を助けようとして、二人が出会う時期に何度もタイムワープをして、二人が付き合わなければ駈も死ぬことは無いだろうと、失敗を繰り返しながら努力を重ねる畳み掛けが、まるでプレストン・スタージェスの『殺人幻想曲』(1948)のようなコメディ調でとてもおもしろかった。のだけれど、コメディ映画ではないので、あまりにも自由に何度もタイムワープが出来てしまう設定が、それは無いんじゃない? と見えてしまうのも確かだった。笑わせて、笑わせて、最後のオチでさらに笑わせる映画なら全然良かったんだけれど。

「大豆田とわ子と三人の元夫」や三谷幸喜の『THE 有頂天ホテル』の松たか子は、コメディエンヌ的な演技が素晴らしかった。今回の『ファーストキス 1ST KISS』も大勢の犬に絡まれて必死で抵抗するシーンなんてめちゃくちゃ笑えて最高だった。もう、この映画、コメディ映画にすれば良かったんじゃないのかなあ。

→塚原あゆ子→松たか子→「1ST KISS」製作委員会/2025→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:ジュリアス・オナー
出演:アンソニー・マッキー、ダニー・ラミレス、シラ・ハース、カール・ランブリー、ゾシャ・ロークモア、ジャンカルロ・エスポジート、リヴ・タイラー、ティム・ブレイク・ネルソン、平岳大、ハリソン・フォード
原題:Captain America: Brave New World
制作:アメリカ/2024
URL:https://marvel.disney.co.jp/movie/captain-america-bnw
場所:イオンシネマ大宮

『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)のラストで、過去に遡って6つの石(インフィニティ・ストーン)を元の場所に戻したあとに自分の人生を時間軸通りに生きて年老いてしまったスティーブ・ロジャース(クリス・エヴァンス)が、キャプテン・アメリカの盾をファルコンのサム・ウィルソン(アンソニー・マッキー)に託すシーンがあった。その流れから今回の『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』を観たとしても何の違和感もないのだけれど、どうやらその間のエピソードとして、Disney+で配信されている「ファルコン&ウィンター・ソルジャー」を見れば、キャプテン・アメリカを受け継いだサム・ウィルソンの苦悩やバッキー・バーンズ(ウィンター・ソルジャー)との共闘のことなどを細かく知ることができて、今回の映画をより深く楽しめたのかもしれなかった。またまたここでDisney+と契約するか問題が浮上! 1年目の年会費はスタンダードプランで6,600円かあ。

それから今回の映画にハリソン・フォードが演じているアメリカ大統領のサディアス・ロスが出てくる。でも、これって何だっけ? になってしまった。映画を観終わったあとにネットを調べると、ああ、ウィリアム・ハートが演じて、主に『インクレディブル・ハルク』で重要となっていた人物だったことをおもいだした。そのあとに『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』や『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』にも出ていたのだけれど、そんなに重要な役回りではなかったのですっかり忘れていた。それにウィリアム・ハートが亡くなってハリソン・フォードが代わりに演じているのでさらに、何だっけ? になってしまった。

もう一つ、この映画では日本が重要な役割を負っている。日本の尾崎首相役は平岳大で、父は平幹二朗、母は佐久間良子。日本のドラマにも数多く出演していたのを見ていたけれど、2020年にハワイに移住して国外での活動をメインとしているらしい。

と、いろいろと付加情報をあとから調べるのもMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の魅力だとはおもう。アベンジャーズは再結成されるのかなあ。このあと『サンダーボルツ*』も公開されるし、まだまだMCUは続く。

→ジュリアス・オナー→アンソニー・マッキー→アメリカ/2024→イオンシネマ大宮→★★★☆

監督:ティム・フェールバウム
出演:ピーター・サースガード、ジョン・マガロ、ベン・チャップリン、レオニー・ベネシュ、ジヌディーヌ・スアレム、ジョージナ・リッチ、コーリイ・ジョンソン、マーカス・ラザフォード、ベンジャミン・ウォーカー、ジム・マッケイ(当時のテレビ番組司会者)
原題:September 5
制作:ドイツ、アメリカ/2024
URL:https://september5movie.jp
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

1972年に開催されたミュンヘンオリンピックについては、日本の男子バレーや体操団体、競泳の田口信教や青木まゆみが金メダルを獲ったことをよく覚えている。でも同時にテロ事件が発生してイスラエルの選手やコーチ、審判員が11人も殺されたことはまったく覚えていない。覚えていないと云うか、小学生だったので何が起きたのか理解できなかったのかもしれない。

そのミュンヘンオリンピック開催中の1972年9月5日に起きたパレスチナ武装組織「黒い九月」によるイスラエル選手団の選手村襲撃事件を、オリンピック中継を担当していたアメリカABCテレビのスポーツ担当クルーがその主導権を報道局に渡さずに、自分たちで生中継を行うことになった一連の経緯を描いた映画がティム・フェールバウム監督の『セプテンバー5』だった。

実際に起きた事件をドキュメンタリー・タッチで描く映画が面白いのは、誰もが知っている結末に進んでいく時系列の過程で、そのような結末に至らないとおもわされるような出来事が起きているのに、細かな事象の積み重ねで結局は誰もが知っている結末に帰結してしまう背景をつぶさに見ることができることだからだとおもう。あとから検証された事実も的確に映像化されて、当時のテレビ映像も交えてテンポよく見せられると、とてもノリ良く映画を観ることができてしまう。

同時に報道よりは下に見られているスポーツ番組のクルーの矜持なども描かれていて、今までスポーツ中継しか撮ったことのなかった人間たちが大きな事件を全世界に責任を持って報道しなければならない重圧もこの映画の緊迫感を盛り上げていた。

脚本は監督のティム・フェールバウムの他にモーリッツ・ビンダーとアレックス・デヴィッド。素晴らしい脚本だった。

→ティム・フェールバウム→ピーター・サースガード→ドイツ、アメリカ/2024→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★

監督:ペドロ・アルモドバル
出演:ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タトゥーロ、アレックス・ホイ・アンデルセン、ヴィクトリア・ルエンゴ、フアン・ディエゴ・ボット、アレッサンドロ・ニヴォラ
原題:The Room Next Door
制作:スペイン、アメリカ/2024
URL:https://warnerbros.co.jp/movies/detail.php?title_id=59643&c=1
場所:MOVIXさいたま

ペドロ・アルモドバルの映画をあまり観なくなっってしまったのだけれど、ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアの共演と云うことで久しぶりに食指が動いた。

相変わらずに情報を仕入れずに観に行ったら、映画のテーマは「安楽死」だった。

戦地を取材する記者のマーサ(ティルダ・スウィントン)は末期がんを宣告される。ネットで違法の薬を手に入れて「安楽死」することを決意するが、それを決行するまでのあいだ誰か知人がそばに居てくれることを願う。でも親しい友人たちには、その行為に恐れを抱かれてすべて断られてしまう。そこでむかし雑誌社で一緒に働いたことがあって仲の良かった、今は作家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)に連絡を取る。驚くイングリッドだけれど、最近自分の書いた小説のテーマが「死」でもあることから承諾する。

映画のタイトル「The Room Next Door」は、「安楽死」を決行するマーサを見守るために用意されたイングリッドの部屋のことを指している。いや、逆か? イングリッドから見たマーサの部屋のことか? 実際には階下の部屋だったので「Next Door」では無いのだけれど。

「安楽死」を扱っている映画と聞けば重くずっしりとしたものを想像してしまう。でも、ペドロ・アルモドバルの映画なので、病気をかかえて痩せ衰えたマーサをしっかりとスタイリッシュなアート作品の数々が包みこんでいて、そこに死にゆくものへの悲壮感はまったくなかった。

「安楽死」を選択する理由もしっかりとしていた。イングリッドから今までで一番印象に残っと戦地はどこ? と聞かれて「ボスニア」と即答したマーサ。隣同士が敵味方に分かれて殺し合ったボスニア紛争のような地獄こそが、マーサにとって生きている実感が湧く場所だった。そのような地獄へ戻れないのなら、もう終止符を打たざるを得なかった。

ジョン・ヒューストン監督の遺作『ザ・デッド/「ダブリン市民」より』(1987、原作はジェイムズ・ジョイスの短編「死者たち」)の内容はすっかり忘れていたのだけれど、そのラストシーンだけは覚えていた。昔のアイルランドのダブリンにひらひらと舞い落ちる雪の美しさ。それがこの映画のラストに引用されていて、マーサが亡くなったあとに降る季節外れのピンクの雪とオーヴァーラップされていた。その雪はまるでマーサの魂のようで、イングリッドの上にも、彼女の娘(ティルダ・スウィントンの2役)にも厳かに降り注ぐ美しいラストシーンだった。

→ペドロ・アルモドバル→ティルダ・スウィントン→スペイン、アメリカ/2024→MOVIXさいたま→★★★★

監督:ティム・バートン
出演:マイケル・キートン、ウィノナ・ライダー、キャサリン・オハラ、ジャスティン・セロー、モニカ・ベルッチ、ジェナ・オルテガ、アーサー・コンティ、サンティアゴ・カブレラ、バーン・ゴーマン、ダニー・デヴィート、ウィレム・デフォー
原題:Beetlejuice Beetlejuice
制作:アメリカ/2024
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/beetlejuice/index.html
場所:早稲田松竹

昨年見逃してしまったティム・バートンの『ビートルジュース ビートルジュース』を早稲田松竹で観る。むかしの名画座でいま残っているのは早稲田松竹くらいじゃないのかなあ。池袋の文芸坐は建物がまるっきり変わってしまったのがちょっと残念。他には自分としてはあまり馴染みのなかった下高井戸東映→下高井戸京王が下高井戸シネマとして存続しているくらいか。

そんな名画座の名残りのある早稲田松竹で、1988年に作られた『ビートルジュース』の続編を観るのはまさにぴったりだった。『ビートルジュース』に出てくるような特殊メイクアップが多様され始めたのが1980年代で、リック・ベイカーやロブ・ボッティンが作る特殊メイクアップの出てくる映画を名画座でよく観たものだった。

最初の『ビートルジュース』を観たときに、ティム・バートンの細部に見せるオタク趣味は好きだけれど、映画全体としてはあまりおもしろくなかった、と云うのが個人的な印象だったような気がする。でも今回の『ビートルジュース ビートルジュース』は、しっかりと前作のテイストを引き継いでいる映画にもかかわらず、細部から全体まで何もかもとても楽しく観てしまった。おそらくそれは前作の『ビートルジュース』よりも、より明確なゴシック・ホラーのイメージを全面的に打ち出したからなんだろうとおもう。ビートルジュースの元妻ドロレス(モニカ・ベルッチ)のビジュアルはまさしくゴシック・ホラーだ。

早稲田松竹ではそれを意識して、マリオ・バーヴァの『血ぬられた墓標』や『呪いの館』をレイトショーで用意してあった。さすがにレイトショーへ行くことはできなかったけれど、Amazon Primeにあるので観てみたい気がする。評判ばかり聞いているだけでまだマリオ・バーヴァの映画を一本も見たことがない。

→ティム・バートン→マイケル・キートン→アメリカ/2024→早稲田松竹→★★★☆

監督:ナナ・ジョルジャゼ
出演:ラティ・エラゼ、タマル・タバタゼ、ナティア・ニコライシュビリ、アナ・クルトゥバゼ、ギオルギ・ツァガレリ、ブバ・ジョルジャゼ、タマル・スヒルトラゼ、タマル・ブズィアバ、マイケル・レスリー・チャールトン
原題:პეპლების იძულებითი მიგრაცია/Forced Migration of Butterflies
制作:ジョージア/2023
URL:https://moviola.jp/butterfly/#yokoku
場所:新宿武蔵野館

昨年の10月26日に実施されたジョージア議会選挙は、ロシアに融和的な姿勢を示す政党「ジョージアの夢」が54%の得票率で過半数の議席を獲得した。しかし野党は選挙に不正があったとして、国会議員らの間接選挙で選ばれた「ジョージアの夢」が支持するミハイル・カベラシビリ大統領を認めず、親欧米派のズラビシビリ大統領は退任を拒否する混乱が続いている。

ロシア、アジア、中近東、ヨーロッパの十字路に位置するジョージアは、歴史的に様々な国の脅威にさらされてきた。近代では長らくロシア帝国、そしてその後のソ連に支配を受けてきたことから、そして2008年に起きた南オセチア紛争などから、現在のプーチンのロシアに反発する人が多いとおもっていた。でも、議会選挙にロシアが暗躍したとしても、旧共産圏で「ソ連のときのほうが良かった」みたいな郷愁が生まれているように、欧米寄りに進むことへの不信感と云うものが芽生えてきているのも確かのような気もする。

そのようなジョージアの人々の暮らしって、どんなものなだろう? を知る良い機会だとおもってナナ・ジョルジャゼ監督の『蝶の渡り』を観てみた。

ストーリーは、半地下にある画家コスタの家に集まる芸術仲間たちの人間模様だった。みんな才能があってもうまくいかず、生活は困窮するばかりの人びと。そこにコスタのかつての恋人ニナが戻ってくる。再会を喜ぶ二人はコスタの家で暮らし始めるんだろうな、とおもいきや、ニナはコスタの絵を買いに来たアメリカ人の美術コレクター、スティーブにくっついてさらりとアメリカに渡ってしまう。

映画の題名「蝶の渡り」は、コスタの書く絵から来ている。風に乗ってコーカサスの山々へ移動する蝶を描いている。その説明を聞いたアメリカ人の美術コレクター、スティーブは、逆の風が吹いたらどうするんだ? の質問をコスタに投げかける。ああ、「蝶の渡り」ってニナのことだけではなくて、ジョージアの人びと全般のことも指しているのか、と気がついた。逆の風が吹いてもそちらへ渡ってしまうのがジョージア人なのか? それは「日和見」のようなものではなくて、もっと自然に、蝶のようにふらりと渡ってしまうんじゃないのかと。

半地下にある画家コスタの家はいつも宴会のように賑やかだ。みんなそれぞれ悩みがあるのに、過去の辛い体験もあるのに、楽しそうにしている。今度はどうするんだろう? ロシアに渡るのか、EUへ渡るのか。

→ナナ・ジョルジャゼ→ラティ・エラゼ→ジョージア/2023→新宿武蔵野館→★★★

監督:吉田大八
出演:長塚京三、瀧内公美、河合優実、黒沢あすか、中島歩、カトウシンスケ、高畑遊、二瓶鮫一、髙橋洋、唯野未歩子、戸田昌宏、松永大輔、松尾諭、松尾貴史
制作:ギークピクチュアズ/2023
URL:https://happinet-phantom.com/teki/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

筒井康隆の小説を『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八が映画化。

筒井康隆の小説を原作とした映画化作品は『時をかける少女』『ジャズ大名』『怖がる人々』『パプリカ』と有名どころはそれなりに見たことがあるのだけれど、筒井康隆の小説を一つも読んだことがないので、このバラエティ豊かな様々なジャンルの映画群からは筒井康隆の小説のイメージを決定づけるものはなにもなかった。もしかすると筒井康隆と云う小説家はつかみどころのないところが魅力的で人気があるのかもしれない。

今回の『敵』も、今までの彼の映画化作品とはまた違ったジャンルの映画だった。

この映画の主人公はフランス近代演劇史を専門とする元大学教授。妻・信子に先立たれ、都内の山の手にある実家の古民家で一人慎ましく暮らしている。講演や執筆で僅かな収入を得ながら、預貯金が後何年持つのか、それが尽きたら終わりを迎えようと計算しながら、来るべき日に向かっておだやかに暮らしている。老いさらばえて終わりの見えない醜態を晒すよりも、しっかりと終わりを決めて、それまでの日々の生活を充実させようと考えている。

だがそんなある日、パソコンの画面に「敵がやって来る」と不穏なメッセージが流れてくる。

「敵」ってなんだろう? がこの映画の大きなポイントになる。それは監督の吉田大八もコメントしている。この映画に出てくる元大学教授の夢の中に、「敵」とはメタファーだ、と云うシーンがあるので、それは単純な外から来る「敵」ではなくて、おそらくは元大学教授に迫りくる「老い」から来る「敵」としか考えられなかった。

映画は後半に向けて、現実とも夢とも判断がつかないシーンが増えていく。「老い」には「認知」に問題が生じることも含まれるので、そこを象徴したシーンに見えなくもない。元大学教授も、自分なりの理想的な老後を計画していても、そこまで考えが及んでいなかった「敵」によって大きく生活が乱されてしまう。老いると云うことは、どんなに抗っても、醜態を晒すことなんだろうとおもう。

とても映像化に向いている作品に見えるけれど、筒井康隆のコメントに「すべてにわたり映像化不可能と思っていたものを、すべてにわたり映像化を実現していただけた。」とあった。え? 小説ではどんな文章表現をしているんだろう?

→吉田大八→長塚京三→ギークピクチュアズ/2023→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆