監督:藤野知明
出演:藤野雅子、藤野知明
制作:動画工房ぞうしま/2024
URL:https://dosureba.com
場所:池袋シネマ・ロサ

一昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で話題になった藤野知明監督の『どうすればよかったか?』が劇場公開されることになって、さっそく観に行こうとおもったら、なんとポレポレ東中野では連日超満員。そんなに話題になっていたのか! とびっくり。なかなか観に行くことができずにいたけれど、これほどの人気なので上映館も増えて、池袋シネマ・ロサではゆったりと観ることができた。

藤野知明監督の姉は両親の影響から医師を志して医学部に進学する。ところがある日、突然、事実とはおもえないことを叫び出し、統合失調症が疑われることになった。しかし医師で研究者でもある父と母はそれを認めず、精神科の受診から姉を遠ざけてしまった。その判断に疑問を感じた弟の藤野知明監督は、両親に説得を試みるも解決には至らず、わだかまりを抱えながら実家を離れてしまった。その18年後、このままでは何も残らないと考えた藤野知明監督は、帰省ごとに家族の姿を記録しはじめる。

統合失調症がどういうものなのか、電子書籍関係でほんのちょっとだけSNSで知り合った語研の高島利行さんがご自身のことを書かれていたnoteを読んで、少しは理解しているつもりでいる。そのnoteはまとめられて「シネシネナンデダ日記 統合失調症の娘と生きる」と云う本になっている。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784807421022

昔ならば、家庭内に精神に障害を持つ人がいれば、それを恥ずべきこととしてひた隠しにしていたようおもう。ところが最近では、ブログやSNSなどでオープンにする人が出てきた。高島利行さんの「シネシネナンデダ日記」はそのはしりのような気がする。藤野知明監督のドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』も、オープンにして多くの人と情報を共有しよう、の気概を感じることができる。自分たちがやってきたことは失敗例です、どうすればよかったか? みんなで考えてほしい、と訴えている。

「シネシネナンデダ日記」でも書かれていたように、統合失調症の症状の出た人にぴったりと合う薬を見つけることがとても重要で、それは一律にいかないところが難しいらしい。藤野知明監督の姉もやっと合う薬が処方されて、晩年はある程度は落ち着いているように見えた。それがもうちょっと早く処方されていたら、とおもえなくもない。

どうしたって両親の行いを責めたくはなるのだけれど、彼らが今までの日本社会で、息子がこれからの日本社会だと考えて納得するしかない。

→藤野知明→藤野雅子→動画工房ぞうしま/2024→池袋シネマ・ロサ→★★★★

今年、映画館で観た映画は、短編映画も1本と数えると44本。去年よりもちょっと微増。ただ、配信で見る機会は増えている。Amazon Promeで見る古い映画とかも。

その44本の中で良かった映画を10本に絞ると以下の通り。

哀れなるものたち(ヨルゴス・ランティモス)
デューン 砂の惑星 PART2(ドゥニ・ヴィルヌーヴ)
オッペンハイマー(クリストファー・ノーラン)
青春(ワン・ビン)
悪は存在しない(濱口竜介)
マッドマックス:フュリオサ(ジョージ・ミラー)
ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ(アレクサンダー・ペイン)
WALK UP(ホン・サンス)
シビル・ウォー アメリカ最後の日(アレックス・ガーランド)
グラディエーターII 英雄を呼ぶ声(リドリー・スコット)

以上、観た順。
とくに『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』『シビル・ウォー アメリカ最後の日』が面白かった。
これらにプラスして、U-NEXTの配信で見たクリント・イーストウッドの『陪審員2番』も素晴らしかった。

監督:神山健治
声:ブライアン・コックス、ガイア・ワイス、ルーク・パスクァリーノ、マイケル・ワイルドマン、ロレイン・アシュボーン、ローレンス・ウボング・ウィリアムズ、ベンジャミン・ウェインライト、ヤズダン・カフーリ、ショーン・ドゥーリー
原題:The Lord of the Rings: The War of the Rohirrim
制作:アメリカ/2024
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/lotr-movie/
場所:MOVIXさいたま

ローハンの王セオデンがJ・R・R・トールキンの小説「指輪物語」に登場するのは第二部「二つの塔」で、堕落した魔法使いサルマンとの角笛城の合戦でローハン軍を勝利に導く。そして第三部「王の帰還」では、ペレンノール野の合戦でローハン軍を率いてゴンドールを救援するが自身は戦死する。この2つの戦いは、ピーター・ジャクソンの映画『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』にも登場する。

そのセオデン王の時代から遡ること200年ほど前に起こった伝説の戦いを描いたアニメーションがこの神山健治の『ロード・オブ・ザ・リング ローハンの戦い』で、小説「指輪物語 追補編」に書かれたローハン最強の王ヘルムについての記述をふくらませたオリジナル・ストーリーだった。

ピーター・ジャクソンの『ロード・オブ・ザ・リング』3部作からのスピンオフ作品が出るのは嬉しくて、しかも監督に神山健治が採用されているのだから見逃すわけにはいかなかった。でも、なぜアニメーション? の疑問は最後まで残ってしまった。もしアニメーションを使う意義があるのだとしたら、ピーター・ジャクソンがホビット庄やロスローリエンの美しさに力を注いだように、ローハンの土地と文化を絵画のような美しさで見せることが、まあ、それなりの描写はあったのだけれど、もっともっと必要だったとおもう。3Dアニメではなくて、わざわざ手書きアニメにしたのだから、なおさらだった。もっと時間をかけて作ることができたら良かったのに。

→神山健治→(声)ブライアン・コックス→アメリカ/2024→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:山崎エマ
出演:世田谷区立塚戸小学校の子どもたち、先生たち
制作:日本、アメリカ、フィンランド、フランス/2023
URL:https://shogakko-film.com
場所:シネスイッチ銀座

2020年10月ごろからプログラミング授業のサポートで文京区の小学校へ行っている。文京区の小学校は全部で20校あって、そのうちの16校は、6年生の総合学習の4時間を使ってロボットのプログラミング授業を行っている。そのほか、20校のうちの4校くらいも3年生、4年生、5年生で総合学習の2時間を使ってScratchを使ったプログラミング授業を行っている。それらの授業のサポートをしているのだ。

これだけ多くの学校の、そしていろんな学年のクラスへじかに足を踏み入れてみると、東京都23区のど真ん中にある文京区の小学校で起きていることがすべてとは云えないけれど、いまの小学校の子どもたちのことがよくわかって来る。ASD(自閉スペクトラム症)を持つ子どもたち、学校には行けるけれど教室には入れない子どもたち、学校に行けなくて教育センターへ来てプログラミング学習をする子どもたち。文京区の小学校にも礼儀正しくて、前向きで、活発な子どもたちはたくさんいるのだけれど、どうしても目が行ってしまうのはそのような特殊な事情を持つ子どもたちのことばかり。自分の小学生のころとくらべても、そうした子どもたちは増えているのかなあ。それはよくわからない。

そうした目を持ってしまった人間が山崎エマ監督のドキュメンタリー映画『小学校 〜それは小さな社会〜』を観ると、ああ、これは世田谷区立塚戸小学校の持つ良い面を綺麗に描いているなあ、とまずはおもってしまう。そう、どこの学校にもしっかりと課題に取り組む子どもたちはいて、失敗して泣きながらも先生のサポートを得ながら目標をクリアする姿は美しい。そこへ焦点を合わせたドキュメンタリーとしてこの映画は面白かった。そして、この映画の謳い文句にもなった「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12歳になる頃には、日本の子どもは“日本人”になっている」に表されるような、海外から見ると特異な日本の教育方法をあらためて見つめ直すのには良い映画だとおもう。

でも、おそらくこの塚戸小学校にも、いろいろと複雑な問題を抱えた子どもたちはいて、その方面からのドキュメンタリーもこの映画と一緒に2本立てで観たいともおもってしまった。

→山崎エマ→世田谷区立塚戸小学校の子どもたち、先生たち→日本、アメリカ、フィンランド、フランス/2023→シネスイッチ銀座→★★★☆

エンプティ・スーツケース
監督:ベット・ゴードン
出演:ローズマリー・ホックシールド、ロン・ヴォーター、ヴィヴィアン・ディック、ナン・ゴールディン、ヤニカ・ヨーダー、ジェイミー・マクブレイディ、ベット・ゴードン/声:リン・ティルマン、カリン・ケイ、アネット・ブレインデル、ドロシー・ザイドマン、マーク・ハイドリッヒ
原題:Empty Suitcases
制作:アメリカ/1980

エニバディズ・ウーマン
監督:ベット・ゴードン
出演:ナンシー・レイリー、スポルディング・グレイ、マーク・ハイドリッヒ、トム・ライト/ナレーション:カリン・ケイ
原題:Anybody’s Woman
制作:アメリカ/1981

URL:https://punkte00.com/gordon-newyork/
場所:シアター・イメージフォーラム

ベット・ゴードンの名前はまったく知らなかった。彼女は1970年代末から80年代にニューヨークのアンダーグラウンドで起きた音楽やアートのムーブメント「ノー・ウェイブ」周辺で活動した映画作家らしい。今年、日本でも公開されたドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』で焦点が当てられた写真家ナン・ゴールディンとの関わりもあって、彼女の長編映画第1作目の『ヴァラエティ』(1983)にもナン・ゴールディンが登場するらしい。

その『ヴァラエティ』の前に撮られた52分の中編映画『エンプティ・スーツケース』と24分の短編映画『エニバディズ・ウーマン』を観てみた。

2つとも長編映画を撮るための習作的な映画で、コラージュのように並べられたシーンの羅列から意味を汲み取るには、もっと彼女の背景や活動のことや問題提起を知らなければ理解することは難しかった。まあ、でも、これでベット・ゴードンのことを調べて、ちょっとでも知識を蓄えて、長編映画『ヴァラエティ』を観に行くのは良い流れだとおもう。

→ベット・ゴードン→→アメリカ/1980 、1981→シアター・イメージフォーラム→★★★

監督:クリストファー・ボルグリ
出演:ニコラス・ケイジ、ジュリアンヌ・ニコルソン、リリー・バード、ジェシカ・クレメント、マイケル・セラ、ティム・メドウス、ディラン・ゲルーラ、ディラン・ベイカー
原題:Dream Scenario
制作:アメリカ/2023
URL:https://klockworx-v.com/dream-scenario/
場所:MOVIXさいたま

大学教授のポール・マシューズ(ニコラス・ケイジ)は、ある日、知り合いだけにとどまらず、知り合いではない多くの人々の夢の中にも一斉に現れ、一躍、時の人となってしまう。メディアにもてはやされたポールは、それに乗じて長年構想していた自分の出版計画を進めようとする。ところがそんな夢のような時も一瞬で終わりを告げ、彼が出てくる夢は悪夢へと変貌しはじめて、人々は彼を拒絶し始める。

映画にはいろんなタイプのものがあるのだけれど、昔のハリウッド映画などに魅力を感じる一番のポイントはプロットの構築の巧さだった。フランク・キャプラとかプレストン・スタージェスとかヒッチコックとかビリー・ワイルダーとか、ストーリーの展開にほれぼれとしてしまう。もちろん最近の映画でも、このあいだの『シビル・ウォー アメリカ最後の日』も素晴らしかった。

クリストファー・ボルグリ監督の『ドリーム・シナリオ』もプロット構成が良くて、書けもしない自分の研究の本に固執し続ける平凡な大学教授をおもいっきり持ち上げてドスンと落とすなんてあまりにも底意地が悪い。底意地が悪すぎるからこそ映画として面白いし、最後まで飽くことはなかった。この一連の騒動の最中に、なぜ妻に夫の夢を見させないのか? の疑問も、なるほど、そういう「落ち」にしたかったのね、と納得してしまった。エンドクレジットには静かにトーキング・ヘッズの「City of Dreams」が流れる余韻も。

制作はA24+アリ・アスターと云うことで、またまたA24の映画の信頼度がアップしてしまう。映画会社のネームバリューだけで映画を観に行くことがなくなって久しいけれど、A24はその名前だけで、観ようかな、にさせる映画会社になってしまった。今どき、凄い。

→クリストファー・ボルグリ→ニコラス・ケイジ→アメリカ/2023→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:リドリー・スコット
出演:ポール・メスカル、ペドロ・パスカル、コニー・ニールセン、ジョセフ・クイン、フレッド・ヘッキンジャー、デレク・ジャコビ、リオル・ラズ、ティム・マッキナリー、デンゼル・ワシントン
原題:Gladiator II
制作:アメリカ、イギリス/2024
URL:https://gladiator2.jp
場所:MOVIXさいたま

リドリー・スコットが2000年に撮った『グラディエーター』の続編が24年の時を経てやってきた。リドリー・スコットはもう86歳なのにここのところの精力的な映画製作にはもうびっくりするばかり。

リドリー・スコットが作る史劇はデビュー作の『デュエリスト/決闘者』からはじまって『1492 コロンブス』『グラディエーター』『キングダム・オブ・ヘブン』『ナポレオン』と面白い映画ばかり。基本的には、そんな歴史があったのか! と簡単に刺激されてしまうので、もしかするとどんな史劇でも面白がって観てしまうんだろうとおもう。

今回の『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』は前作の『グラディエーター』で描かれたマルクス・アウレリウス帝からコンモドゥス帝へと受け継がれた時代から数十年後のストーリーで、時代はゲタ、カラカラ兄弟の共同皇帝時代に移っている。「カラカラ」ってどこかで聞いたことがあるなあ、とネットを調べてみたら、古代ローマ帝国の浴場として有名な「カラカラ帝の大浴場」の「カラカラ」だった。カラカラ帝は暴君として有名らしく、この映画に出てくるカラカラ帝(フレッド・ヘッキンジャー)も風貌からしてエキセントリックで危ない人物として描かれていた。ただ、前作と同様に、史実をそのまま映画として作り上げたわけではなくて、歴史上存在した「グラディエーター(剣闘士)」がどのようなものだったのかをドラマティックに見せるために史実を借りた映画になっている。ゲタ帝(ジョセフ・クイン)やカラカラ帝の他に、マルクス・アウレリウス帝の娘ルッシラ(コニー・ニールセン)や元老院議員の身分を持たずに即位した最初のローマ皇帝であるマクリヌス(デンゼル・ワシントン)のような歴史に実在するキャラクターも登場するが、その人物像はほとんどがフィクションだった。

この映画は、そんな歴史があったのか! の史実を見る映画ではないのだけれど、とにかくその時代を再現しようとする美術や舞台設定などプロダクション・デザインがすばらしかった。「グラディエーター」の剣闘シーンはもちろんのこと、サイに乗った「グラディエーター」との戦い、コロッセオに水を張ってサメを泳がせ、その上でガレー船での海戦を再現させるシーンなど、むかし、ウィリアム・ワイラー監督『ベン・ハー』(1959)の戦車競争で興奮した感覚を、現在の技術でバージョンアップさせて再現したような映画的興奮はさすがのリドリー・スコットだった。

カラカラ帝のあとのローマ帝国は混乱を極めて行き、約50年のあいだに26人もが皇帝に就く軍人皇帝時代になって行く。このあたりの時代のなかでの「グラディエーター」の続編を見てみたい気もするけれど、86歳になってしまったリドリー・スコットでは無理かなあ。

→リドリー・スコット→ポール・メスカル→アメリカ、イギリス/2024→MOVIXさいたま→★★★★

テレビのニュースを見ていたら、低予算の映画ながらに口コミで話題になって『カメラを止めるな!』のように上映館数が全国に拡大した映画があると取り上げていた。それが安田淳一監督の『侍タイムスリッパー』だった。たしかにあちこちのシネコンでも上映していて、ユナイテッド・シネマ浦和でも1日1回だけ上映していたので観てみた。

幕末の会津藩士が現代にスリップして京都にある時代劇のセットに迷い込み、そこで「斬られ役」として生きていく主人公を描くことで、斜陽となってしまった時代劇への愛情を示すストーリーの設定は面白かった。それに「斬られ役」に代表される大部屋俳優への賛歌にもなっていたところもとても良かった。無名でもすばらしい俳優たちが数多くいることをこの映画自体が示しているところは時代劇の痛快さに通ずるところがあった。

ただ、全体的にきっちりと真面目に撮りすぎていて、それはそれでこのような低予算の映画には大切なことだとはおもうけれど、『カメラを止めるな!』が良かったのはちょっといい加減なところだったんだなあ、と云うことを再認識してしまった。でもそこは個人的な見解で、上映館数が広がるほどのとてもおもしろい映画であることには間違いなかった。

→安田淳一→山口馬木也→未来映画社/2024→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★☆

監督:アレックス・ガーランド
出演:キルスティン・ダンスト、ヴァグネル・モウラ、スティーヴン・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー、ソノヤ・ミズノ、ジェファーソン・ホワイト、ネルソン・リー、エヴァン・ライ、ニック・オファーマン、ジェシー・プレモンス
原題:Civil War
制作:アメリカ、イギリス/2024
URL:https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

映画のタイトル『シビル・ウォー アメリカ最後の日』だけから判断したら、南北戦争のように分断されたアメリカ合衆国が内戦になる戦争映画だとおもってしまった。だからなんとなく、観なくてもいいかな、とおもっていた。でも監督が『エクス・マキナ』や『アナイアレイション -全滅領域-』を撮ったアレックス・ガーランドと聞いて、さらに「A24」の製作であることも聞いて、これは観に行かなければならない、となった。

観てみたらドンパチする戦争映画ではまったくなかった。なんと、戦場カメラマンや記者たちのロードムービーだった。

この映画の時代設定はよくわからない。おそらくは近未来と云うことなんだとおもう。政府に反発したテキサス州とカリフォルニア州が「西部勢力(Western Forces、WF)」として連合し、首都ワシントンD.C.へと向けて進軍しているさなか、戦場カメラマンのリー・スミス(キルスティン・ダンスト)と記者のジョエル(ヴァグネル・モウラ)は、ベテラン記者のサミー(スティーヴン・ヘンダーソン)と駆け出しの若いカメラマン、ジェシー(ケイリー・スピーニー)を連れて、追い詰められた大統領のインタビューをスクープするためワシントンD.C.へと向かおうとする。でも州道は寸断されていて、そのままワシントンD.C.へと向かうことは出来ず、ピッツバーグへ西進してからウェストバージニア州を通過して最前線のバージニア州シャーロッツビルへ向けて車を走らせる。

この映画は、無能な大統領によって引き起こされたアメリカ合衆国での内戦の恐怖を描くことを軸としながらも、さらに大きなテーマとして、リー・スミス(キルスティン・ダンスト)が若いジェシー(ケイリー・スピーニー)に対して稚拙さを感じながらも自分の若い頃を重ねて見て、彼女の成長を静かに見守る映画になっていたところが普通のドンパチする戦争映画とは違うところだった。

若いジェシーが憧れのリー・スミスにはじめて会ったとき「同じく尊敬するリー・ミラーと名前が一緒で」と云うセリフがあった。リー・ミラー? 誰? あとから検索すると、とても有名な女性の写真家だった。

リー・ミラーは、まずはファッションモデルとしてキャリアをスタートさせて、そのあと戦場カメラマンへとなった、とても特異な人生を歩んだ女性だった。とくに第二次世界大戦下でノルマンディー上陸作戦やダッハウなどの強制収容所でのナチスの戦争犯罪の痕跡をとらえた写真がとても有名らしい。アレックス・ガーランド監督はリー・ミラーを尊敬していて、キルステン・ダンストが演じるリー・スミスはそのリー・ミラーの名前にちなんでいるらしい。

参考ページ:https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/civil-war-lee-miller-202410

それからこの映画で触れなければならないのはやはりジェシー・プレモンスの怖さだ。ジェシー・プレモンスって、昔はマット・デイモンの二番煎じ的な俳優としてしか見ていなかったけれど、最近は『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』『憐れみの3章』と、役者として攻めて来ている。良い役者だ。

→アレックス・ガーランド→キルスティン・ダンスト→アメリカ、イギリス/2024→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★

監督:トッド・フィリップス
出演:ホアキン・フェニックス、レディー・ガガ、ブレンダン・グリーソン、キャサリン・キーナー、ザジー・ビーツ
原題:Joker: Folie à Deux
制作:アメリカ/2024
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』の前作『ジョーカー』を観て、それがDCコミックス「バットマン」シリーズに登場するスーパーヴィラン「ジョーカー」のストーリーであることを忘れてしまって、殺人を犯してしまう一人の男のそれに至る、孤立感や劣等感、焦燥感、絶望感などを共に体験する映画として、どっぷりとのめり込んでしまった。こんなにアーサー・フレック(ジョーカー)に対して一心同体となってしまう理由は、常日頃から何か大きな事件があるごとに犯人を糾弾する気にはなれずに、その犯人がいかにしてその犯行に至ったのかにばかり気持ちが向いてしまう傾向があるからで、それはやはり自分が社会人になったころに宮崎勤が起こした事件がPTSDのように自分の内面に居座り続けているからに他ならないとおもっている。

部屋いっぱいにうず高く積まれたビデオテープの山を見て、オレの部屋じゃないか! の衝撃は計り知れなかった。じゃあどうして彼は犯行を起こして、自分は犯行を起こさないでいられたのか。そこには「運」しか存在しないように見えた。自分だって、ボタンの掛け違いが起きれば宮崎勤になっていた可能性を感じたからこそ、最近の事件で云えば、例えば「京都アニメーション放火殺人事件」の犯人に対してさえも、彼の「自分の作品が盗作された」ことに対する怒りがどこから来るのか、その強烈な怒りはどんなものだったのかばかりに気持ちが行ってしまう。

何を持ってして、ひとりの人間の怒りをマックスレベルに振り切れさせるかと云えば、自分の持っている才能が世間に認められないことが一番のような気がする。最近のSNSでも見られる承認欲求ほど、それがマイナス面に働くと爆発的な感情に触れてしまう。『ジョーカー』のアーサー・フレック(ジョーカー)も、自分の笑いのギャグを過大評価していて、さらに家族との関係、緊張すると発作的に笑い出してしまう病気などが合わさって、自分が世間に認められない焦燥感が他の人よりも大きくなってしまっていた。そこから殺人へ突き進む過程は、まさに犯罪者の心理を云い得ているように見えてしまった。

その『ジョーカー』から引き継いでの2作目『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』がどこへ向かうのか謎だったけれど、なんと「愛」の物語だった。それもミュージカルで。

ミュージカルって、突然歌い出すことに違和感を覚える人もいて、たしかに我々の日常で突然歌い出すことなんてない。もしそんな人がいたら、ちょっと頭のおかしい人だ。でも、映画が人を楽しませるエンターテインメントだとしたら、突然歌い出したとしてもそれが場を盛り上げる作用を引き起こすのであれば大いにあり得る。アーサー・フレック(ジョーカー)は人を笑わせるコメディアンを目指していたわけだから、彼の「愛」の物語にエンターテインメントとしてのミュージカルを使うのは一つの大きな効果をもたらせていたようにおもう。

この映画の中でも引用された映画『バンド・ワゴン』(1953)の中で歌われた名曲“That’s Entertainment!”に次のような歌詞がある。

Where a chap kills his father
男が父親を殺す場所

And causes a lot of bother
そして多くの迷惑を引き起こす

The clerk who is thrown out of work
仕事を追われる店員

By the boss who is thrown for a loss
負けて放り出された上司に

By this girl who is doing him dirt
彼に汚いことをしているこの女の子によって

The world is a stage,
世界は舞台であり、

The stage is a world of entertainment!
舞台はエンターテイメントの世界!

(Google翻訳を使用)

まるでアーサー・フレック(ジョーカー)がいた世界を云っているようだ。たとえ暴力や殺人を美化しているように見える映画だとしても舞台はエンターテイメントの世界。脚本を書いたトッド・フィリップスとスコット・シルヴァーは、そこに注目してさらにミュージカルに仕立てようにも見える。

でも「ジョーカー」のストーリーなのでハッピーエンドと云うわけにはいかなかった。アーサー・フレック(ジョーカー)は失望のなかで人生の幕を閉じる。これでトッド・フィリップスが作りあげたオリジナルnの「ジョーカー」は終わったのか? いやいや、彼の遺伝子はハーレイ・クイン(レディー・ガガ)の中に残った。「ジョーカー」のストーリーはまだまだ続く。

→トッド・フィリップス→ホアキン・フェニックス→アメリカ/2024→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★