ソロモンの偽証 前篇・事件

監督:成島出
出演:藤野涼子、板垣瑞生、石井杏奈、清水尋也、富田望生、前田航基、望月歩、佐々木蔵之介、夏川結衣、永作博美、黒木華、田畑智子、塚地武雅、池谷のぶえ、田中壮太郎、市川美和子、高川裕也、江口のりこ、安藤玉恵、木下ほうか、井上肇、中西美帆、松重豊、小日向文世、尾野真千子
制作:「ソロモンの偽証」製作委員会/2015
URL:http://solomon-movie.jp
場所:109シネマズ木場

宮部みゆきの単行本3巻にもおよぶ大部の原作を前後編に分けて成島出が映画化。

原作も読んでいないし、予告編を見たぐらいの事前情報だけなので、ストーリーの展開だけでグイグイと映画の中に引き込まれてしまう。オーデションで選ばれた藤野涼子を演じる藤野涼子(宮部みゆきの承認を得て、役名=芸名にしたそうだ)も初めての演技とはとてもおもえない素晴らしさで、この映画で成島出がポイントとして置いている「目の力」もとてもしっかりとしていて、自殺した(とおもわれる)同級生との目と目の対決はこの映画のキーとなるシーンとなって存在感があった。

成島出の演出は、まるで中島哲也の『告白』の対極にあるようなとても素直な、ストレートな演出で、もうちょっと中島哲也のような派手さがあったら良かったのに。特に親子の会話部分は、あまりにもまっすぐな視線の、とても正直な演出なのには鼻白んでしまう。まあ、中島哲也の方向へ振り切れてしまうと、それはそれで問題なんだけど。

後篇は4月11日からだそうだ。前篇を見ただけの想像だけど、ストーリーの推進力を保っているのは、殺したと告発されている同級生の弁護を引き受ける他校の生徒の子なので、おそらく後編もこの子が鍵になるとおもう。

→成島出→藤野涼子→「ソロモンの偽証」製作委員会/2015→109シネマズ木場→★★★☆

イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密

監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ベネディクト・カンバーバッチ、アレックス・ローサー、キーラ・ナイトレイ、マーク・ストロング、チャールズ・ダンス、アレン・リーチ、マシュー・ビアード、ロリー・キニア、ジャック・バノン、ヴィクトリア・ウィックス、デイヴィッド・チャーカム
原題:The Imitation Game
制作:イギリス、アメリカ/2014
URL:http://imitationgame.gaga.ne.jp
場所:新宿武蔵野館

今年のアカデミー脚色賞は『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』のグレアム・ムーアが獲った。その時のスピーチが話題になった。

私は16歳の時、自殺未遂をしました。自分は人と違っていると思っていたし、いつも居場所が無かったんです。でも、私は今このステージに立っています。かつての自分がそうだったように、この映画を、そういう子供たちに捧げたい。自分は変わり者で居場所がないと感じている若者たちへ。君たちには居場所があります。そのままで大丈夫。輝く時が来るんだから。そして、いつか君がこのステージに立つ時がきたら、このメッセージを次につなげて欲しい。
http://genxy-net.com/post_theme04/movie20150224-2/

『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』は、まさに「変わり者」の賛歌だった。人並みな感性を持ち合わせているだけでは、凡庸なことしかすることができない。あいつは変わってるよねえ、と云われてこそ、ものごとを異なる角度から見ることも出来るし、それによって誰をも成し遂げられなかった偉業も達成できる。天才数学者アラン・チューリングを題材にとって、そのことを最初から最後まで訴えている映画だった。

でも、そのパターンだけでは、どんな偉人にも当てはまることなので飽きてしまった。ナチスドイツの「エニグマ」を解読したマシン「クリストファー」のシステムのことや暗号解読のアルゴリズムのことなど、パーゾナルコンピュータの源流を見出した人間としての、もうちょっと技術的に突っ込んだ描写もあって、それらを常識からは逸脱したアラン・チューリングの言動と結びつける部分もあればもっと楽しめたのに。

→モルテン・ティルドゥム→ベネディクト・カンバーバッチ→イギリス、アメリカ/2014→新宿武蔵野館→★★★

フォックスキャッチャー

監督:ベネット・ミラー
出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、シエナ・ミラー、マイケル・ホール
原題:Foxcatcher
制作:アメリカ/2014
URL:http://www.foxcatcher-movie.jp
場所:ユナイテッドシネマとしまえん

ポール・トーマス・アンダーソンの『ザ・マスター』は、戦争で心を病んだ男が流れ着いた先で、欠落した心を取り戻そうとするかのように、新たな人間関係を構築する際に見せる繊細な感情のゆらぎのようなものを映像化していた。ベネット・ミラーの『フォックスキャッチャー』を観ていて、その『ザ・マスター』を少なからずおもい出してしまった。ただ今回は、「マスター」に成ろうとして成り得なかった男と、「マスター」を求めてはっきりと裏切られた男の明快なストーリーだったけど。

子供の頃にしっかりと築き上げなければならない親子関係に欠損が生ずると、精神的にも充足されないまま成長してしまって、それをどこかで補おうとする力が働いたとしても不完全な形でしか達成できず、理不尽な不満しか後には残らない。そして、精神的な欠落が異常な行動へと走らせてしまう。デイヴ・シュルツを殺害したジョン・デュポンとはそんな男だった。それをスティーヴ・カレルが容貌もそっくりに演じていて、醸し出す負のオーラも一緒に演じているのが素晴らしかった。

ジョン・デュポンを「マスター」と仰ごうとするマーク・シュルツを演じるチャニング・テイタムも、兄のデイヴ・シュルツとの関係に影を落とす負のオーラを満開させていて、似たもの同士の二人がぶつかる先には不幸しか待ち受けていないだろうと云う予感しかなく、その息苦しさが支配しているストーリーはある意味、緊張感があって、ゾクゾクするほど面白かった。

このようなストーリーが好きなのは、ジョン・デュポンに感情移入できるからなんだろうなあ。まあ、普通じゃない。

→ベネット・ミラー→スティーヴ・カレル→アメリカ/2014→ユナイテッドシネマとしまえん→★★★★

アメリカン・スナイパー

監督:クリント・イーストウッド
出演:ブラッドリー・クーパー、シエナ・ミラー、マックス・チャールズ、ルーク・グライムス、カイル・ガルナー、サム・ジェーガー、ジェイク・マクドーマン、コリー・ハードリクト、サミー・シーク
原題:American Sniper
制作:アメリカ/2014
URL:http://wwws.warnerbros.co.jp/americansniper/
場所:109シネマズ木場

最近のクリント・イーストウッド映画のレベルの高さを考えると、彼への要求が傑作程度の映画では満足し切れなくなってしまって、次回作も同等かそれ以上のレベルを求めてしまうようになってしまった。だからこそ、そんな映画ファンの鼻を明かすような『ジャージー・ボーイズ』と云う変化球を投入してきたクリント・イーストウッドのセンスの良さにはますます脱帽すると同時に、次はどんなことをやってくれるんだろうかとさらにハードルが上がってしまった。

『アメリカン・スナイパー』は、こちらの勝手な期待の高さに答えてくれたかと云うと、なんとも微妙な映画だった。いったいこの映画は、イラク戦争で160人も殺した伝説のスナイパーとしてのクリス・カイルにポイントを置く映画なのか、家族をないがしろにしてまで国に尽くす牧羊犬(シープドッグ)としての内的葛藤や戦闘の経験から来るPTSDに苦しむクリス・カイルに重きを置く映画なのか。もしその両方にスポットを当てているのだとしたら、二つの要素のバランスが中途半端だったんじゃないか、と少なからず不満を募らせてしまった。もちろん、水準レベル以上の映画なんだけど。

クリス・カイルのライバルとしてシリアの元オリンピックメダリストのムスタファを登場させるあたりは、往年のダーティハリーやマカロニ・ウェスタンを彷彿とさせて、そのアクション性がより鮮明になった分、後半のPTSDに苦しむクリス・カイルへの感情移入が随分とぼやけてしまったような気がする。だとしたら、どちらかに比重を極端に絞ったほうが良かったんじゃないかとおもえる。もし『ジャージー・ボーイズ』に続いて、さらに変化球で攻めてきて、ダーティハリーやマカロニ・ウェスタンへと回帰していたとしたら狂い死にしていたところだったのに。まあ、そんな映画はもう作らないだろうけど。

→クリント・イーストウッド→ブラッドリー・クーパー→アメリカ/2014→109シネマズ木場→★★★☆

花とアリス殺人事件

監督:岩井俊二
声:蒼井優、鈴木杏、平泉成、相田翔子、キムラ緑子、木村多江、勝地涼、黒木華、鈴木蘭々、郭智博
制作:ロックウェルアイズ、スティーブンスティーブン/2015
URL:http://hana-alice.jp
場所:T・ジョイ大泉

2004年の岩井俊二の映画『花とアリス』の前日譚としての今回の映画『花とアリス殺人事件』がなぜアニメーションなのかと疑問におもいつつ、それもロトスコープ(モデルの動きをカメラで撮影し、それをトレースしてアニメーションにする手法)を使うアニメならばなおさら、そのままの実写映画で何が問題なのかとの疑問はまったく拭いきれず、実際に映画を観てもやっぱりアニメにする必要性はまったくなかったんじゃないかとの確認ができただけだった。でも、その時にハッと現在の鈴木杏の顔が大きく浮かんできた。ああ、そうか、もう実写では無理なんだ! と納得してしまった。Googleで女優の名前と一緒に「劣化」と云うキーワードで複合検索する奴らって何なん? と日ごろから憤慨していたけど、うーん、鈴木杏は確かにとても残念だ。もちろん『花とアリス』から10年も経っているので、どっちにしたってそのままのキャストでは無理なんだろうけど。

岩井俊二の映画は、『Love Letter』を代表格として、偶然が巻き起こす不思議なエピソードがロマンチックに、そして時にはセンチメンタルに綴られて行って、ラストにはエピソードを収斂させるような見せ場となるシーンを必ず持って来て、見終わった後の感動の余韻を持たせるのがとても巧い。『花とアリス』では鈴木杏の涙ながらの嘘の告白をクローズアップで撮ったショットが素晴らしかったし、今回の『花とアリス殺人事件』でも、幼なじみの「ユダ」に再会して「お前が背中に蜂を入れたことは絶対に忘れないからな!」と云わせるシーンはなかなか良かった。もちろん、2004年の鈴木杏での実写であるべきだとはおもったけど。

映画の途中に、黒澤明『生きる』の志村喬と小田切みきがデートするシーンのそのままコピーのようなエピソードが出て来た。あれはいったい何だったんだろう? ってことをTweetしたら、他にも黒澤明的なシーンがあるらしいですよ、とのReplyが来た。何だろう? と映画的記憶をひっくり返したけど、さっぱりおもい浮かばない。あまりにも気持ちが悪いのでネット検索したら『天国と地獄』だった。

スナック芸大全 第88芸 天国と地獄

この紙切り芸が映画の中で使われただけだった。そんなの、わかるわけがない。

この紙切り芸を映画の中では鈴木蘭々の「陸奥睦美」が行う。あれ? このキャラは『花とアリス』に出て来たんだっけ? いや、これは『Love Letter』の「及川早苗」がモデルでした。

→岩井俊二→(声)蒼井優→ロックウェルアイズ、スティーブンスティーブン/2015→T・ジョイ大泉→★★★☆

ナショナル ギャラリー 英国の至宝

監督:フレデリック・ワイズマン
出演:ナショナル ギャラリーの人びと
原題:National Gallery
制作:フランス、アメリカ/2014
URL:http://www.cetera.co.jp/treasure/
場所:ル・シネマ

フレデリック・ワイズマンの今回の題材はロンドンにある「ナショナル ギャラリー」。2011年11月9日〜2012年2月5日に開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ回顧展」を中心に、ナショナル ギャラリーの中で働く人びとを追いかけている。

そんな人びとの中でも、特にメインにスポットが当っているのは学芸員によるギャラリートーク。彼らの情熱的な絵画の解説は聞いていて楽しい。特にルーベンスの「サムソンとデリラ」を担当した女性の学芸員の解説が素晴らしかった。

ギャラリートークの他、修復作業のための関係者への解説なども含めたこの映画に出て来た絵画は記憶の限りでは以下の通り。

ピサロ「夜のモンマルトル大通り」
ジョージ・スタッブズ「ホイッスルジャケット」
ベリーニ「聖ペテロの殉教者の暗殺」
ターナー「戦艦テメレール号」
ルーベンス「サムソンとデリラ」
レンブラント「馬上のフレデリック・リヘル」
フェルメール「ヴァージナルの前に立つ女」
ジェンティレスキ「モーセの発見」
レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」
カラヴァッジョ「とかげにかまれた少年」
ベラスケス「台所の情景、マルタとマリアの家のキリスト」
ベラスケス「ヴィーナスの化粧」

絵画への興味がいまいち薄いんだけど、フレデリック・ワイズマンによってまたちょっと興味が湧いてきた。今週末にでも近くの美術館に行ってみようとおもう。

→フレデリック・ワイズマン→ナショナル ギャラリーの人びと→フランス、アメリカ/2014→ル・シネマ→★★★★

フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

監督:サム・テイラー=ジョンソン
出演:ダコタ・ジョンソン、ジェイミー・ドーナン、エロイーズ・マンフォード、ヴィクター・ラスク、カラム・キース・レニー、ジェニファー・イーリー、マーシャ・ゲイ・ハーデン、ルーク・グライムス、リタ・オラ、マックス・マルティーニ
原題:Fifty Shades of Grey
制作:アメリカ/2015
URL:http://fiftyshadesmovie.jp
場所:109シネマズ木場

出版不況と云われながら、欧米ではまだまだ大ヒットを飛ばす小説があって、ギリアン・フリンの「ゴーン・ガール」もそうだったけど、E.L.ジェイムズの「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」はたった5カ月で、全世界で6300万部を売り上げたオンライン発の小説だそうだ。主婦が書いた主婦向けの官能小説と云うことで「マミー・ポルノ」と云われているらしい。

そんな大ヒット小説の映画化は、導入部を見ただけでは、ん? これはヴァンパイアものの映画化なのか? とおもわせる雰囲気で、それもそのはず、原作者のE.L.ジェイムズはヴァンパイアと人間の恋愛を描いた小説「トワイライト」シリーズに影響を受けてこの「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」を書いたらしい。確かに、サディストの性的嗜好を持つ大富豪のクリスチャン・グレイが女子大生のアナスタシア・スティールとBDSM(SM)の主従契約を結ぼうとするストーリーは、どこかヴァンパイア系小説の匂いがある。

ヴァンパイア好きとしては、その導入部分の孤高な気だるい雰囲気がたまらなくて、もしかすると当たりの映画なのか? と期待感が高まって行ったのだけれど、先に進むにつれてどんどんと腰砕けになってしまって、エロもアブノーマルも中途半端、だけどボカシだけが力強く、と云う感じで、どっちつかずの映画になってしまっていた。これだけ時代が隔たっているにもかかわらず、ひとむかし前のエイドリアン・ラインの『ナインハーフ』と同じような内容にしか見えないのは残念だった。

でも、ダコタ・ジョンソンは良かった。

→サム・テイラー=ジョンソン→ダコタ・ジョンソン→アメリカ/2015→109シネマズ木場→★★☆

さらば、愛の言葉よ

監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:カメル・アブデリ、ゾーエ・ブリュノー、エロイーズ・ゴデ、ロクシー・ミエヴィル
原題:Adieu au Langage
制作:フランス/2014
URL:http://godard3d.com
場所:シネスイッチ銀座

何度も云うようだけれど、3Dの映画なんて、お化け屋敷とか、フリークショーとか、見世物小屋の出し物と同じなんだから、それ前提にして作ってもらわないとまったく無意味な3D映画が出来てしまう。今までそれをちゃんとわかっていたのは、私が観た範囲ではマーティン・スコセッシの『ヒューゴの不思議な発明』、松江哲明の『フラッシュバックメモリーズ 3D』、ジャン=ピエール・ジュネの『天才スピヴェット』だけだった。そして今回、そこにゴダールが加わった。

現在の3D技術が最も得意とするところは、手前から奥への遠近感の立体化で、手前に物体を置いて、中間位置に何かしらの被写体、そして奥に背景があるとその3D感がとても引き立つ。ゴダールはその遠近感の3Dをこの映画でとことんやり尽くしている。だから、劇映画を3D化してみました! と云うような中途半端なものではまったくなくて、どちらかと云うと、どこをどのようにしたらより良い効果的な3Dになるんだろうか、を検証するための実験映画だった。そこにゴダール特有の難解なセリフやダイアローグがかぶさって、理性も言語もないからこそ世界をありのままに見ることができる犬への憧れを語っているようにも見えるけど、まあ、そんな部分はどうでも良くて、3Dのコラージュを単純に楽しめば良い映画だった。あまりにもやり過ぎていて、観ているこっちの眼の視点が混乱して、めちゃくちゃ疲れる映画ではあるのだけれど。

→ジャン=リュック・ゴダール→カメル・アブデリ→フランス/2014→シネスイッチ銀座→★★★☆