監督:フローリアン・ゼレール
出演:アンソニー・ホプキンス、オリヴィア・コールマン、マーク・ゲイティス、イモージェン・プーツ、ルーファス・シーウェル、オリヴィア・ウィリアムズ
原題:The Father
制作:アメリカ/2020
URL:https://thefather.jp
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

今年のアカデミー賞ではまた波乱が起きた。昨年亡くなったチャドウィック・ボーズマンに票が集まって、誰もが『マ・レイニーのブラックボトム』の演技で彼が主演男優賞を獲ると考えていたので、授賞式の段取りも、普通ならば最後に作品賞の発表を持って来るところを主演男優賞に入れ替えて、華々しくチャドウィック・ボーズマンを見送る手はずだった。ところがフタを開けてみると、プレゼンターのホアキン・フェニックによって読み上げられた名前はアンソニー・ホプキンス。自分が選ばれるとはおもっていなかったアンソニー・ホプキンスは授賞式場にも来ていなくて、ただ虚しく彼の名前が会場に響き渡っただけだった。

そのアンソニー・ホプキンスが今年の主演男優賞を獲ったのがフローリアン・ゼレール監督の『ファーザー』による演技でだった。いや、さすがのアンソニー・ホプキンス。次第に頭が壊れて行って、認知症に陥っていく老人をリアルに演じていた。これだったらチャドウィック・ボーズマンを抑えて、主演男優賞を獲るのもおかしくない。いやむしろ、彼が獲るべきだった。

自分が年老いて行って、知っている人の顔さえもわからなくなる恐怖って、まるでホラー映画を観ているような感覚なんだと云うことがこの映画を観てよくわかった。この映画ではアンソニー・ホプキンスの娘をオリヴィア・コールマンが演じているんだけど、次のシーンで、まるで何事もなかったかのようにオリヴィア・コールマンがオリヴィア・ウィリアムズに入れ替わってしまっている状況は、二人の容姿のバランスがなんとなく一致していることも相まって、ゾワッと鳥肌が立ってしまった。こっちは、お前は誰だ? とおもっているのに、向こうはしれっと、お父さん何云ってんのよ、みたいに馴れ馴れしく接してくるときに見せる微妙な表情を、アンソニー・ホプキンスが絶妙に出していた。いやー、すごい俳優だ。

→フローリアン・ゼレール→アンソニー・ホプキンス→アメリカ/2020→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★

監督:岩間玄
出演:森山大道、町口覚、神林豊
制作:テレビマンユニオン/2021
URL:https://daido-documentary2020.com
場所:新宿武蔵野館

あれはいつのことだったか。たぶん、青空文庫の工作員の人からだったと記憶するのだけれど、新宿の街を写した白黒の写真集を見せてもらったことがあった。そこには、ザラついて光沢のない印画紙に出力された、ブレてピントも合ってないような写真が多数収録されていた。その奇妙な生々しさに不思議な魅力を感じてしまって、えっ、なにこれ、すごい、となった。すぐさまAmazonで検索をしてみたら、おもったよりも高額だったので購入に躊躇してしまった。それが森山大道の写真集「新宿」だった。

そのとき以来、すっかり森山大道のことを忘れてしまっいたけれど、満員で入れなかったジャン=ポール・ベルモンドの映画の代わりにこの『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』を観て、ああ、やっぱり森山大道の写真はいいなあ、と云う気持ちにあらためてなった。性能の良いレンズを付けたカメラを使って、かしこまって被写体に向かうのではなくて、誰もが使うようなデジカメでひょいと撮ったスナップで遊ぶと云う姿勢は、大仰な心持ちで何かに立ち向かうことの嫌いな自分にとっては、そのさりげなさが共感以外のなにものでもなかった。

となると、森山大道の最初の写真集を復活させる過程を追いかけたこのドキュメンタリーを観て、その出来上がった写真集が高価な紙を使った大仰な豪華本であることにちょっと違和感を感じてしまった。森山大道はそれをどう感じているんだろう? まあ、そんな些細なことも気にしない姿勢ってところも森山大道なんだろうなあ。

→岩間玄→森山大道→テレビマンユニオン/2021→新宿武蔵野館→★★★☆

監督:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ノエル・ケイト・チョー、ユン・ヨジョン、ウィル・パットン
原題:Minari
制作:アメリカ/2020
URL:https://gaga.ne.jp/minari/
場所:M0VIXさいたま

アメリカに渡った韓国系の移民がアーカンソーの田舎に農場を作って成功を夢見るストーリーと聞いて、昨今のアメリカでのアジア系に対するヘイトクライムを連想してしまって、そこにはたっぷりと人種差別の要素が盛り込まれているのではないかと勝手に想像してしまった。実際に観てみると、アジア系への差別的な要素はほとんど無くて、どこの世界にでもあるような普遍的な男と女の問題が描かれているだけだった。夢を語る男と現実を見る女、のパターンと云うのは、もしかすると男女の脳の構造の差から起きることなのかもしれないのだけれど、最近のジェンダーレスの風潮からすると、男と女の性格を昔ながらの性差の特徴から決めてかかっているようにも見えてしまって、アメリカでのアジア系が困難を乗り越えて奮起して行く映画を期待して観に行ってしまったものからすると、なおさら腰砕けになってしまった。

この映画でおばあさん役を演じたユン・ヨジョンがアカデミー助演女優賞を獲った。その受賞スピーチで驚くことにキム・ギヨンへの謝辞を述べていた。キム・ギヨンと云えば、アテネ・フランセ文化センターの「中原昌也への白紙委任状」で観た『死んでもいい経験』が強烈だったヘンテコな映画を撮る韓国の監督だ。ユン・ヨジョンの映画のデビューがキム・ギヨンの『火女』だっらしい。うー、『火女』が観たい。

→リー・アイザック・チョン→スティーヴン・ユァン→アメリカ/2020→M0VIXさいたま→★★★