監督:ワン・ビン
出演:安徽省や河南省などから浙江省湖州の織里に出稼ぎに来た若者たち
原題:青春 春 Youth (Spring)
制作:フランス、ルクセンブルク、オランダ/2023
URL:https://moviola.jp/seishun/
場所:シアター・イメージフォーラム

ワン・ビンが2016年に撮ったドキュメンタリー『苦い銭』の中で、雲南省から浙江省湖州へ出稼ぎに来た15歳の少女シャオミンが1日中ミシンの前で服を縫っている姿が描かれていた。そこで得られる収入は、おそらくはほんのちょっぴり。日本人にとって「Made in China」は安いモノの代名詞で、我々がその価格で得られる代償がここにあるんだと見せつけられてちょっと暗くなった。

ワン・ビンはその『苦い銭』に使ったフッテージだけではなくて、浙江省湖州にある織里(しょくり)と云う町に集まる縫製工場で働く様々な若い人たちを2014年から2019年にかけて撮りためていた。それをまとめたのがこの映画『青春』だった。

『青春』に登場する若い人のほとんどが浙江省のとなりに位置する安徽省というところから来た出稼ぎ労働者だった。安徽省と云われても「あんきしょう」と読むことも出来ないほどに、その土地の情報がまったくなかった。でも、この映画に登場する若い人たちの行動や言動を見て行くうちに、二十歳くらいの年齢にしてはやたらと友人同士とじゃれ合うし、カップルとおぼしき二人の会話も幼いし、社長に賃金の交渉をする手立ても拙いし、彼らの故郷である安徽省と云う土地に素朴な田舎の田園風景を想像してしまった。

『苦い銭』のシャオミンが朝から晩まで働き通しだったことに対して、そこに経済成長を謳う中国の暗部を見たような気がしていたけれど、同じような境遇の若い人たちを数多く追いかけた『青春』に対しては、中国のGDPに見せる数値のまやかしを告発している部分に共感すると云うよりも、どんなところにも人のくらしがあるんだなあ、くらいなペーソスを感じることのほうが大きかった。それはタイトルに「青春」と名付けたことからもワン・ビンの示すメッセージは明らかだった。

自分がやるべき仕事は「世界から見えない人たちの生を記録すること」と云うワン・ビン。今までと同じように中国の市井の人々を撮ることができるのかわからないのだけれど、また日本で上映されることになったら、3時間とか4時間の長さでも、いやいや『死霊魂』のような8時間でも、必ず追いかけたいとおもう。

→ワン・ビン→安徽省や河南省などから浙江省湖州の織里に出稼ぎに来た若者たち→フランス、ルクセンブルク、オランダ/2023→シアター・イメージフォーラム→★★★★

監督:クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、デヴィッド・クラムホルツ、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、マシュー・モディーン、ラミ・マレック、トム・コンティ、ケネス・ブラナー
原題:Oppenheimer
制作:アメリカ/2023
URL:https://www.oppenheimermovie.jp/
場所:109シネマズ菖蒲

今年のアカデミー賞で作品賞を含む最多7部門で受賞を果たしたのがクリストファー・ノーランの『オッペンハイマー』だった。

原子爆弾の開発に携わった物理学者J・ロバート・オッペンハイマーについては、むかしアメリカのVoyager社が作った「The Day After Trinity」と云うCD-ROMの日本語版「ヒロシマ・ナガサキのまえに」制作に携わった(と云うか傍観していた)関係で、そのCD-ROMを作るきっかけとなったジョン・エルス監督の米国PBSで放送されたドキュメンタリー映画『The Day After Trinity -J Robert Oppenheimer and the Atomic Bomb-』を見たことで少しは知っているつもりでいた。

でもこのドキュメンタリーは、オッペンハイマーの原子爆弾開発・製造における関係者の証言に特化していたものだったので、クリストファー・ノーランの映画を観ることによって、オッペンハイマーのパーソナルな部分にも突っ込んだ部分、精神を病んで教授に毒リンゴを食わせようとしたこととか、女にだらしがないとか、その人のベースにある負の部分を知ることができたのは面白かった。

ただ、3時間を通してずっと情報の洪水を受け入れなければならないのには疲れてしまった。時系列を頭の中で整理する余裕も与えられないし、矢継ぎ早に登場する人物が何に携わっているのかも理解できないし、アイソトープの輸出ってなに? 爆弾開発に冶金も関係あるの? の疑問にも立ち止まってはいられない。いやもう、疲れるを通り越して、陶酔してしまった感もある。それはクリストファー・ノーランの『インセプション』や『TENET テネット』に通ずるものがあった。

全体的に見れば、細かいところの理解がぼんやりで良ければ、原子爆弾を作ってしまったオッペンハイマーの苦悩を巧く表現できていた映画だった。それはやはりクリストファー・ノーランの力量によるところは大きいとおもう。

これはもう一度、アマプラやU-NEXTなどの配信で見直さなければ。配信の良いところは、ストップさせたり、戻せたりできるところだ。立ち止まることが映画鑑賞として正しい行為なのかどうかはわからないのだけれど。

→クリストファー・ノーラン→キリアン・マーフィー→アメリカ/2023→109シネマズ菖蒲→★★★★

監督:ローラ・ポイトラス
出演:ナン・ゴールディン
原題:All the Beauty and the Bloodshed
制作:アメリカ/2022
URL:https://klockworx-v.com/atbatb/
場所:MOVIXさいたま

まったく視野に入っていなかったローラ・ポイトラス監督の『美と殺戮のすべて』を知人から勧められてなんの情報も入れずに観てみた。

『美と殺戮のすべて』は、写真家ナン・ゴールディンの生い立ちやどのようなキャリアを積んできたのか、そして彼女自身も被害にあった医療用麻薬「オキシコンチン」による中毒蔓延の責任を追及する活動を追ったドキュメンタリーだった。

ナン・ゴールディンのことはまったく知らなかった。考えてみると画家や写真家には興味があるのだけれど、その人たちの情報を入れる窓口があまりにも狭すぎて、それなりに有名な人たちのことも知らないことが多い。この映画で知る限り、ナン・ゴールディンの写真は70年代のアングラっぽいイメージに見えて、撮った写真を自らスライドショーで構成するあたりは、むかし仕事で関わったことのある寺山修司をおもい出してしまった。

ナン・ゴールディンの生い立ちを追ううちに、彼女が大好きだった姉バーバラと母親との確執が見えてくる。母親は一方的にバーバラを統合失調症だと決めつけて施設に入れてしまう。その後、そこでバーバラは自殺してしまう。なぜ、姉は自殺したのか? を調べて行くうちに、精神を病んでいたのは姉ではなく母親ではなかったのか、が見えてくるのがミステリアスで、そこだけ掘り下げても面白いドキュメンタリーになっていたとおもう。でも、このドキュメンタリーの構成としては、複雑な家庭環境があったからこそナン・ゴールディンの過激な写真が生まれて来たとするもので、医者に「オキシコンチン」を処方されてしまうのもその流れの延長線上にあった。

で、この映画のもう一つの大きな柱としてはその「オピオイド鎮痛薬」の一種である「オキシコンチン」中毒が世の中に蔓延してしまった責任を製薬会社パーデュー・ファーマおよびその会社を支配するサックラー家を告発するナン・ゴールディンの活動だった。サックラー家は「オキシコンチン」で儲けたお金をさまざまな有名な美術館に寄付をしていた。そのため、たとえばメトロポリタン美術館ではデンドゥール神殿のあるエリアを「サックラー・ウィング」と名付けられ、ほかにもルーブル美術館やグッゲンハイム美術館など様々なところでサックラー家の名を冠しているものが数多くあった。ナン・ゴールディンたち「P.A.I.N.(Prescription Addiction Intervention Now)」と呼ばれる団体は、サックラー家の寄付を受けている美術館で抗議活動を行い、最終的に各美術館から「サックラー」の名前を外すことに成功する。

ナン・ゴールディンの姉のことからはじまったこの映画は、最後、姉についてで終わる。彼女の写真および抗議活動の源流には大好きな姉を失った「痛み」があったからこそだった。両親との折り合いが悪くなった「痛み」もあり、その後の既存のシステムに反発する「痛み」もある。ナン・ゴールディンがオピオイド危機に対抗するために作った団体「P.A.I.N.」は「オキシコンチン」中毒に対する「痛み」だけではなくて、ナン自身のすべての「痛み」も包括的に意味しているように見えてしまった。

たまには気にもとめていない映画を観るのもありだとおもう。まったく知らない世界と出会えるから。

→ローラ・ポイトラス→ナン・ゴールディン→アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★★

監督:セリーン・ソン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ
原題:Past Lives
制作:アメリカ/2023
URL:https://happinet-phantom.com/pastlives/
場所:MOVIXさいたま

『パスト ライブス/再会』を撮ったセリーン・ソンは韓国系カナダ人の監督で、この映画を観たあとに英語版Wikipediaで彼女の経歴を調べたら、なるほど、自分の生い立ちをベースにこの脚本を書いたんだなあ、と云うことがわかった。

セリーン・ソンは韓国に生まれ、12歳のときにカナダのオンタリオ州マーカムに家族とともに移住した。父親のソン・ヌンハンは映画製作者で、その影響からか高校の時にはじめての戯曲を書き、オンタリオ州のクイーンズ大学で心理学を学んだあと、ニューヨークのコロンビア大学で劇作の修士号を取った。2019年にはマサチューセッツ州ケンブリッジにあるアメリカン・レパートリー・シアターで彼女の戯曲「エンドリングス」が上演されて、2020年3月にはニューヨークシアターワークショップでの上演となり、オフ・ブロードウェイのデビューとなった。私生活では、エドワード・F・アルビー財団が主催するアーティスト・レジデンスで知り合った作家ジャスティン・クリツケスと結婚し、一緒にニューヨーク市に住んでいる。

『パスト ライブス/再会』に出てくるナヨン(のちのノラ、グレタ・リー)の生い立ちはまるっきりセリーン・ソン自身だった。12歳で韓国からカナダに移住し、ニューヨークに出て戯曲を書き、演劇ワークショップで知り合ったアーサー(ジョン・マガロ)と結婚してニューヨークに住んでいる。この自身の境遇をベースとして、12歳で幼なじみで仲良くしていたヘソン(ユ・テオ)との別れ、24歳でオンラインでの再会、さらに36歳(おそらく12歳区切りだったとおもう)でニューヨークで実際に再会すると云うストーリーに仕立てた。

概要だけ聞けば、韓国人の幼なじみとアメリカ人の夫とのあいだで気持ちの揺れる単純なラブ・ストーリーにも見えるけれど、そこは韓国系の監督が書いた脚本なので、日本人にも共通する慎ましさが全体に横たわっていて、はっきりと決めてかかる西欧的なものとは違った静かな映画に仕上がっていた。とくにラストの、韓国に帰ろうとするヘソンを見送るナヨンとのあいだに横たわる距離感を見せるシーンが、キスをするべきではないことを理解している二人の関係性が痛いほど伝わってくるシーンが素晴らしかった。

韓国の映画(今回のは実際にはアメリカ映画だけど)を観ると、日本の映画にもこんな映画が欲しいなあ、とおもうのはもういい加減やめたい。

→セリーン・ソン→グレタ・リー→アメリカ/2023→MOVIXさいたま→★★★★