監督:ショーン・ベイカー
出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン、アレクセイ・セレブリャコフ、ダリヤ・エカマソワ、ルナ・ソフィア・ミランダ、リンジー・ノーミントン
原題:Anora
制作:アメリカ/2024
URL:https://www.anora.jp
場所:MOVIX川口

今年のアカデミー賞の作品賞を獲ったショーン・ベイカー監督の『ANORA アノーラ』を観に行った。カンヌのパルム・ドールを獲った映画なので観に行こうかとはおもっていたけれど、予告編を観る限りでは興味をそそられる内容の映画ではなかった。

ニューヨークでストリップダンサーとして働くアノーラが、ロシアのオリガルヒの息子イヴァンと出会い、恋に落ちる。しかし、息子の結婚に反対するイヴァンの両親がニューヨークまで乗り込んでくる…。

と、Wikipediaにあらすじが書いてあるけど、なんと、この内容でほとんど説明のつくの映画だった。何の驚きもない、こちらの想像を超える映画でもなかった。どこが評価されてパルム・ドール、そしてアカデミー賞作品賞に選ばれたんだろう? それがまったくわからない。一つあるとすると、制作費600万ドルの低予算で作られたインディペンデント映画にしては、とてもしっかりとした映画だったくらいかなあ。

アノーラ(マイキー・マディソン)が好きになるロシアの富豪の息子イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)が、アノーラが好きになるべくほんのちょっとでも魅力的な部分があればそれで腑に落ちる映画なのに、まったくのバカ息子であることに呆れてしまった。彼の両親も「バカ息子」と連呼するんだからもう笑うしか無い。バカ息子を好きになるアノーラに何の感情も移入できない。どうしたもんかと映画を観ながら迷走してしまった。

「Fuck!」を連呼したりセックスのシーンも多くて、誰に向けた映画なのかもさっぱりわからなくて、MOVIX川口の18時15分の回もガラガラだった。アカデミー作品賞を獲った映画の興行がますます成り立たなくなる。

→ショーン・ベイカー→マイキー・マディソン→アメリカ/2024→MOVIX川口→★★★

監督:ブラディ・コーベット
出演:エイドリアン・ブロディ、フェリシティ・ジョーンズ、ガイ・ピアース、ジョー・アルウィン、ラフィー・キャシディ、ステイシー・マーティン、アレッサンドロ・ニヴォラ
原題:The Brutalist
制作:アメリカ、イギリス、ハンガリー/2024
URL:https://www.universalpictures.jp/micro/the-brutalist
場所:MOVIX川口

今年のアカデミー賞の主演男優賞は『ブルータリスト』のエイドリアン・ブロディが獲った。多くの人が『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』のティモシー・シャラメが獲ると予想していた中での授賞だった。たしかに『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』のティモシー・シャラメは素晴らしかった。エイドリアン・ブロディはすでに『戦場のピアニスト』(2002)で主演男優賞を獲っているのでティモシー・シャラメでも良かったような気もするけれど、そのときのアカデミー会員の気持ちや機運次第だからなあ。しょうがない。

その『ブルータリスト』を観てみると、確かにエイドリアン・ブロディの演技も素晴らしくて、主演男優賞を獲ってもおかしくない演技だった。そこに異論を挟む余地が無いことがわかった。まあ、演技に優劣をつける事自体に無理があるので、ノミネートされることだけでもっと名誉を授けても良いような気がする。

ホロコーストを生き延びてアメリカへと渡ったユダヤ人建築家の30年にわたる数奇な運命を描くこの映画は、なんと35mmビスタビジョンで撮られていて(今のシネコンじゃフィルム上映じゃないだろうけれど)、まるでセシル・B・デミルの『十戒』(1956)をおもい出させるような壮大な叙事詩だった。前半100分、後半100分の間に15分のインターミッションを設けるなど、むかしの長編大作映画のつくりを模倣しているところも映画ファンにとっては嬉しかった。でもインターミッションって、昔は嬉しかったけれど今は少し手持ち無沙汰だった。

エイドリアン・ブロディが演じている建築家ラースロー・トートは、ガイ・ピアースが演じているアメリカの実業家ハリソン・ヴァン・ビューレンの要請で、ペンシルベニア州ドイルスタウンの小高い丘に、ハリソンの母親の名を冠した「マーガレット・ヴァン・ビューレン・コミュニティセンター」を建築する。しかし、このハリソンのラースローに対するリスペクトからはじまったプロジェクトが次第におかしな展開を見せて行き、二人の関係も複雑さを増して行く。あからさまに愛情や嫉妬、支配や開放、同情や反感を見せることなく、でも根底にはしっかりとそのような人間の情念が存在している静かな緊張感が、まるでポール・トーマス・アンダーソンの映画のようで、とても心地よかった。

複雑な人間関係は、アメリカへ渡って来たラースローを助ける彼のいとこアティラ(アレッサンドロ・ニヴォラ)とその妻オードリー(エマ・レアード)との関係からすでにはじまっていて、ラースローがヨーロッパから呼び寄せる妻エルジェーベト(フェリシティ・ジョーンズ)と姪ジョーフィア(ラフィー・キャシディ)との関係もしかり。だから、唯一わかりやすい行動を見せるハリソンの息子ハリー(ジョー・アルウィン)の俗っぽさが際立ったのはおかしかった。

ストーリーがいったいどこに向かうのかまったく予測がつかない215分間はあっと云う間だった。だから、インターミッション無しで一気に見てもまったく問題なかった。

→ブラディ・コーベット→エイドリアン・ブロディ→アメリカ、イギリス、ハンガリー/2024→MOVIX川口→★★★★

監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング、モニカ・バルバロ、ボイド・ホルブルック、初音映莉子、ダン・フォグラー、ノーバート・レオ・バッツ、スクート・マクネイリー
原題:A Complete Unknown
制作:アメリカ/2024
URL:https://www.searchlightpictures.jp/movies/acompleteunknown
場所:ユナイテッド・シネマ浦和

リアルタイムで聴いたわけでは無いんだけれど、たとえばビートルズとか、それより前のジャズ系の女性ヴォーカリストとか、あとからその良さを知ってCDを買い漁ったミュージシャンはたくさんいる。でも、その中にボブ・ディランはいなかった。なぜか、ボブ・ディランの曲にビビビッと電流が走ることはなかった。

時は流れて2005年。マーティン・スコセッシのドキュメンタリー映画『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』を見て、遅ればせながらボブ・ディランの良さをやっと認識した。それは歳を重ねて趣味が変わった所為なのか、スコセッシの映画がよく出来ていたからなのか、そのどっちもあったような気がする。と同時に、ジョーン・バエズの弾き語りのカッコよさにも圧倒された。

そのボブ・ディランをティモシー・シャラメが演じて、ジョーン・バエズをモニカ・バルバロが演じた映画がジェームズ・マンゴールド監督の『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』だった。ボブ・ディランがウディ・ガスリーとピート・シーガーに認められてデビューし、1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで多くの人に不快感を与えながらも強行したエレクトリック・ロックンロール・パフォーマンスの模様までを描いている。

アーチストと呼ばれる人たちは、過去には無い新しいものを創作することに意義を見出す人たちなのに、それが時代にマッチして大衆の人気を得たと同時に新しさが薄れ、と同時に大衆に迎合せざるを得ない状況に追い込まれるジレンマが必ず起きる。ボブ・ディランはそのような板挟みをまったく意に介さず、静かに、淡々と色々なものを吸収しながら新しさを求め続けた姿勢がかっこよかった。それをティモシー・シャラメが自然に演じていたのが凄かった。アカデミー賞主演男優賞を獲ってもおかしくなかった。

振り返ると日本のフォークって、どれだけボブ・ディランに感化されていたことか。それがやっと、遅すぎたけれど、わかった。そう云えば、ボブ・ディランの名前をはじめて知ったのは、今でもレコードを買いに行ったことをありありとおもい出せるガロの「学生街の喫茶店」だった。知らず知らずに誰もがボブ・ディランの影響を受けている。

→ジェームズ・マンゴールド→ティモシー・シャラメ→アメリカ/2024→ユナイテッド・シネマ浦和→★★★★