ボーダーライン

監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演:エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、ジョン・バーンサル、ダニエル・カルーヤ、マキシミリアーノ・ヘルナンデス、ジェフリー・ドノヴァン
原題:Sicario
制作:アメリカ/2015
URL:http://border-line.jp
場所:角川シネマ有楽町

いま一番好きな監督は誰かと聞かれれば、真っ先にドゥニ・ヴィルヌーヴと答えるとおもう。だから、いつもはずるずるとして公開後すぐには見に行かないのに、この映画だけはさっそく観に行った。

70年代から80年代にかけて、中南米の政情不安定な国の裏側でアメリカのCIAが暗躍する映画が多数作られた。そこに巻き込まれる民間人や律義な軍人、役人などに焦点を当てて、正義とはいったいどこにあるのか? と問う映画がたくさん作られて、そんなジャンルの映画群が大好きだった。『戒厳令』『アンダー・ファイア』『サルバドル/遥かなる日々』とか。おそらくは、きれい事だけでは済まされない人間の世界の摂理がクローズアップされていてる部分に共感して、ありきたりで表面的な正義感だけの御託ばかりを並べているうすっぺらな人間の鼻柱をへし折っているような爽快感があったからだろうとおもう。

この映画ではエミリー・ブラントが正式な捜査手順を重んじる実直なFBI捜査官を演じていて、麻薬組織の大ボスを検挙するために上層部から命じられて国防総省のチーム(実際にはCIA)に加わるうちに、そこで行われている違法行為を隠すためだけに自分たちが参加させられ、利用されていることがわかって来る。

その国防総省のチームの中に、見るからに得体の知れない怪しげなベニチオ・デル・トロがいた。最初はただの脇役とおもっていた彼がどんどんと映画の中心に躍り出てきて、最後には完全に彼が主役となってしまったのにはびっくりした! 妻と娘を凄惨な方法で殺されて、その復讐のためには法を犯すことも厭わず、関係のない人間が巻き込まれて死ぬことにも良心が咎めることもなく、気持ちの良いくらいの一途な復讐心のみが絶対的な行動原理となって、人間としてあるべき姿の「ボーダーライン」を軽く超えてしまったそのベニチオ・デル・トロがなんともかっこよかった。麻薬組織の大ボスと家族を殺し終えたあと、夕暮れ時の薄日を背中から受けて、仰角からあおり気味で捉える彼のクローズアップは、ちょっと『セブン』のブラッド・ピットにさえも見えてしまった。

最後、FBI捜査官のエミリー・ブラントは、麻薬組織の大ボスと家族を殺害した一連の作戦をFBIの監視下のもとに行ったこととする書類(のようなものだとおもう)にサインさせられる。違法を許さないエミリー・ブラントはそれを頑なに拒否するが、ベニチオ・デル・トロによって喉元に拳銃を突きつけられて、自分の信念を曲げさせられてサインせざるを得なくなる。この二人が対峙するシーンの息の詰まるような緊迫感が凄かった。ついにサインをしてしまったエミリー・ブラントは、ベニチオ・デル・トロと同じように人としての「ボーダーライン」を超えてしまう。

このシーンのみならず、映画のはじまりに展開する麻薬組織の部屋に潜入して多数のビニールを被った死体を発見するシーンから、アメリカとの国境に近いメキシコの街フアレス(シウダード・ファレス)に潜入するシーン、ベニチオ・デル・トロが麻薬組織の大ボスの豪邸に潜入して家族の食卓に同席するシーンなど、そのすべてにおいて緊迫感が凄い。演出ドゥニ・ヴィルヌーヴ&撮影ロジャー・ディーキンスのとても素晴らしい仕事だ。

それにしても、いったいアメリカとメキシコの国境付近はいったいどうなってしまっているんだろう? イラクやシリアとまったく変わりがない。この映画を観たあとに、ちょうどタイムリーに「メキシコ麻薬戦争」(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳/現代企画室)の情報がTwitterに流れてきた。読んでみようとおもう。

→ドゥニ・ヴィルヌーヴ→エミリー・ブラント→アメリカ/2015→角川シネマ有楽町→★★★★