天使も夢を見る

監督:川島雄三
出演:鶴田浩二、佐田啓二、河村黎吉、津島恵子、小林十九二、細川俊夫、幾野道子、坪内美子、長尾敏之助、磯野秋雄、大杉陽一、小藤田正一
制作:松竹/1951
URL:
場所:神保町シアター

川島雄三の映画を映画館やフィルムセンターや日本映画専門チャンネルでぽろぽろと拾って見てはいるのだけれど、まだ全51作品中の26本しか見ることができていない。今回の『天使も夢を見る』も初見だった。

鶴田浩二のキャリアが松竹からはじまったことは、渋谷実の『本日休診』や小津安二郎の『お茶漬の味』に彼が出ていたことで理解していた、のかな? でも、松竹での鶴田浩二の主演映画をしっかりと観たのは『天使も夢を見る』が初めてだった。で、そこには、東映の任侠映画に出てくるキャラクターと同じように、物事のスジを通す人間がそのまま出てきたのにはびっくりした。おそらくそれが鶴田浩二の実際の人となりとからくる配役なんだろうとおもう。だから、どの映画会社に行こうと、晩年のNHKドラマの「男たちの旅路」ででも、まっすぐな男を演じたんじゃないのかと想像してしまう。

『天使も夢を見る』は、任侠映画や「男たちの旅路」や「今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」の鶴田浩二しか知らない自分にとっては珍しいラブコメディだった。そこは川島雄三の巧さなんだろうけど、すばらしくハマった鶴田浩二がいた。鶴田浩二と津島恵子の掛け合いなんて、まるでスペンサー・トレイシーとキャサリン・ヘップバーンのようだった。

→川島雄三→鶴田浩二→松竹/1951→神保町シアター→★★★★

バイス

監督:アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル、サム・ロックウェル、タイラー・ペリー、アリソン・ピル、ジェシー・プレモンス
原題:Vice
制作:アメリカ/2018
URL:https://longride.jp/vice/
場所:109シネマズ菖蒲

2001年9月11日にニューヨークとワシントンD.C.で起きた同時多発テロを受けてのイラク侵攻への流れが、日本人の我々から見てもちょっと強引すぎやしねえのか? と誰もがおもっていて、それがジョージ・W・ブッシュ大統領の大統領たる資質に疑問を持つきっかけとなったような気がする。で、その裏側にネオコン(新保守主義)の存在が取り沙汰されるようになって、さらにイラクの石油の利権争いなども噂されるようになると、9月11日の事件は単なるきっかけでしかなくて、オサマ・ビンラディンがアメリカに敵対心を持っていようと持っていなくとも、ブッシュがフロリダ州でゴアに僅差で勝った時点でアメリカの突き進む方向は決まってしまっていたんじゃないのかと訝しむようになってしまった。

アダム・マッケイの『バイス』はまさにその当時のアメリカ政治世界の裏側を描いた映画で、ディック・チェイニーと云う普通の男がのし上がって行くさまは、時代の潮流にうまく乗った人間が自分の能力とは関係なく権力と云うものを簡単に握ってしまう怖さだった。そしてそれはどの国でも、日本でもあてはまることだった。

ジョージ・W・ブッシュもチェイニーも、そして国防長官だったドナルド・ラムズフェルドも、人間としては偏っていてダメなやつなんだけど、政治力を発揮する能力は世間一般に「良い人」と云われる人間よりも「悪い人」と云われる人間のほうに必ず宿ってしまう。だからこそ権力を握った人間に対して、そいつらはいけ好かないやつが多いわけだから、必ずアホ、バカ、死ね、と云う言葉が簡単に発せられるようになってしまう。世の理だ。

映画としてはクリスチャン・ベールやスティーヴ・カレルと変幻自在役者の品評会な部分も面白かった。サム・ロックウェルのジョージ・W・ブッシュも激似だし、タイラー・ペリーのパウエル国務長官もリサ・ゲイ・ハミルトンのライス大統領補佐官もそっくり!

→アダム・マッケイ→クリスチャン・ベール→アメリカ/2018→109シネマズ菖蒲→★★★★

魂のゆくえ

監督:ポール・シュレイダー
出演:イーサン・ホーク、アマンダ・サイフリッド、セドリック・カイルズ、ヴィクトリア・ヒル、フィリップ・エッティンガー 、マイケル・ガストン、ビル・ホーグ
原題:First Reformed
制作:アメリカ/2017
URL:http://www.transformer.co.jp/m/tamashii_film/
場所:Movixさいたま

ポール・シュレイダー監督の『魂のゆくえ』を観て、やはりポール・シュレイダーが脚本を書いた『タクシードライバー』をすぐに連想した。と同時にベルイマンの『冬の光』も頭に浮かんだ。でも、それだけではイーサン・ホークが演じているトラー牧師の行動の整合性を導き出すことはちょっと無理だった。

ストーリーを追うだけではなかなか内容を理解できない映画の場合、まずは表面的に見えるものを列挙してみる。

・トラー牧師にはなんらかの重篤な病気の兆候が見えるが、積極的に病院へ行って検査をしようとする気持ちがない。
・従軍牧師であったトラー牧師は、入隊を勧めた息子が戦地で死んだことから妻とも離婚し、再びニューヨークの小さな教会で牧師になっている。
・日記を12ヶ月間だけ書き留めて、最終的にはそれを破棄すると云う実験を行う。

●トラー牧師は自分の罪をつぐなうべく観光客向けの小さな教会での職をまっとうしようと務めているが、まだ自分が贖罪されていると感じ取ることができないでいる。

・教会で知り合ったアマンダ・サイフリッドが演じるメアリーから、極端な環境保護論者である夫に会ってくれとの依頼を受ける。その夫は人間による地球の環境破壊に絶望して鬱になっている。

●トラー牧師はメアリーの夫からの悲痛な訴えをキリスト教の教えによって解決しようと試みるが失敗する。夫はショットガンで自殺してしまう。現実の問題をなんでも可視化できてしまういまの情報化社会での既存宗教の無力を痛感する。

・トラー牧師の教会は地元の大きな教会の援助を受けていて、その大きな教会は企業からの献金で成り立っている。
・その企業は地元の環境を破壊している。
・地元の若い人との交流会に出席し、その一人から「右の頬を打たれたら左の頬をも向けなさい」なんて云われるのはうんざりだ!と云われる。

●トラー牧師は、複雑な現代社会の構造の中で、宗教人としてまっとうな努めを果たそうとしている牧師としての自分の立ち位置に矛盾を感じてしまう。

・教会で事務を務めるヴィクトリア・ヒルが演じるエスターからの好意を激しい感情を露わにして拒否してしまう。
・既存の宗教の教えとはかけ離れたスピリチュアルな体験をメアリーとしてしまう。ここでトラー牧師はメアリーとスピリチュアル的に一体化する。

●トラー牧師は、おそらくこの時点に至って、プロテスタント教会の牧師としての職分を放棄して、自分の中に独自の神を見出す。
●だからメアリーの夫が隠し持っていた自爆チョッキを身に着けて、世の中の矛盾に対する怒りを自分なりの解釈で持って解決しようとする。

●ただ、その行為はあまりにも極端なものなので、そのギャップを埋めるためには映画のストーリーだけではなかなか理解できない。
●さらに、その計画がメアリーの出現によって頓挫すると、自分の体に有刺鉄線を巻き付ける行為をする。昔の修道士のような自分を戒める行為はいったい何を意味するんだろう? 自分の中の独自の神を悪魔であると判断して、それを追い出そうとしたのか?
●最後にトラー牧師はメアリーを抱擁してキスをする。カメラはまるでポール・シュレイダーが脚本を書いたデ・パルマの『愛のメモリー』のように360度回転する。

と、映画を観た感想をまてめてみても、最後のトラー牧師の過激な行為をなかなか理解することができない。でもそこは理詰めで理解するよりも、もしかしたら感覚的に理解するだけで良いのかもしれない。トラーが牧師を放棄して還俗したのなら、最後にメアリーと肉体的に一体化したことで何かしらの昇華が達成したと考えるだけで良いのかもしれない。

いろいろと解釈の難しい映画だったけれど、正面から捉えるショットが多いことなどからも、まっすぐに人間を描こうとする姿勢が見えて、ベルイマンなどの映画と同様にこんな部類の映画は案外好き。

→ポール・シュレイダー→イーサン・ホーク→アメリカ/2017→Movixさいたま→★★★★

キャプテン・マーベル

監督:アンナ・ボーデン&ライアン・フレック
出演:ブリー・ラーソン、サミュエル・L・ジャクソン、ベン・メンデルソーン、ジャイモン・フンスー、リー・ペイス、ラシャーナ・リンチ、ジェンマ・チャン、アネット・ベニング、クラーク・グレッグ、ジュード・ロウ
原題:Captain Marvel
制作:アメリカ/2019
URL:https://marvel.disney.co.jp/movie/captain-marvel.html
場所:109シネマズ木場

もうすぐ『アベンジャーズ/エンドゲーム』が公開される。前作の『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』で、あのハルクでさえ赤子の手をひねるようにやられてしまうサノスの絶大なるパワーを見せつけられては、いったいアベンジャーズはどのような戦いを挑むんだろうと、ちょっと双方のパワーバランスが崩れているところがとても気になってしまう。

と、憂慮していたところに『キャプテン・マーベル』が来た。映画を観て、そのキャプテン・マーベルの強さにびっくり。なるほど、サノスとアベンジャーズとの対戦のバランスをとるために、ここでキャプテン・マーベルを用意してきたわけだ。

それにしてもニック・フューリーが今までのシリーズの中でキャプテン・マーベルのことを言及してこなかったのはおかしい。これじゃ、まるで後出しジャンケンないか。サノスがかわいそう。

ニック・フューリー役のサミュエル・L・ジャクソンの顔を若くする技術がすごかった。メイクアップ技術ではなくてVFXでコントロールする肌の張り、艶の良さにうっとり。

→アンナ・ボーデン&ライアン・フレック→ブリー・ラーソン→アメリカ/2019→109シネマズ木場→★★★☆

青い街(ブルータウン)の狼

監督:古川卓巳
出演:二谷英明、芦川いづみ、二本柳寛、藤村有弘、杉江弘、千代侑子、チコ・ローランド、高品格
制作:日活/1962
URL:
場所:神保町シアター

『祈るひと』に続いて神保町シアター「恋する女優 芦川いづみ デビュー65周年記念スペシャル」で『青い街(ブルータウン)の狼』。

芦川いづみを観るためだとしても、映画としては、いやー、ちょっとひどかった。ストーリーが込み入っているのにそれをキチンと脚本が整理出来ていないし、だから飛行機が爆破されるかもしれないサスペンスが盛り上がらないし。じゃあ、肝心の芦川いづみが良かったかと云えば、唯一の見せ場が横浜のバーで歌うシーンくらい。残念ながら吹き替えの可能性が高いけど。ああ、でも、当時の日活の粗雑濫造、いや違う、玉石混交の映画群は嫌いじゃない。

→古川卓巳→二谷英明→日活/1962→神保町シアター→★★

祈るひと

監督:滝沢英輔
出演:芦川いづみ、下元勉、月丘夢路、金子信雄、小高雄二、木浦佑三、信欣三、東恵美子、内藤武敏、阪口美奈子、高田敏江、細川ちか子、奈良岡朋子、宇野重吉
制作:日活/1959
URL:
場所:神保町シアター

個人的に芦川いづみのベスト3を考えたときに、川島雄三の『風船』(1956)と中平康の『あした晴れるか』(1960)は決まりだけど、あともう一つは何だろう? 市川崑『青春怪談』の“シンデ”かなあ。まあ、まだ見ていない映画も多いので、そのなかにベストが隠れているかもしれない。

と云うことで、神保町シアターに久しぶりに来て、まだ見たことのない芦川いづみ主演の『祈るひと』を観た。

この映画が芦川いづみのベストになる予感がまったくない状態で観たら、やはりその出来もイマイチな映画だった。とにかくやたらと回想シーンが多い映画で、回想のさらにその回想まであるのはおもわず失笑するくらいだった。でも、父親と母親との関係に悩む娘を演じる芦川いづみが(いつものように)良かったので最後までまったく飽きることはなかった。

ただ、映画の途中から後ろの方の席の爺さん(とおもわれる)がずっとぶつぶつ独り言を云っていたのには面食らった。こっちは前のほうの席だったので比較的被害が少なかったけど、ああいう人への対処方法は何が正解なんだろう。近くの人が注意すべきなんだろうけど、とても普通の精神状態の人とはおもえないし。

→滝沢英輔→芦川いづみ→日活/1959→神保町シアター→★★☆

ブラック・クランズマン

監督:スパイク・リー
出演:ジョン・デヴィッド・ワシントン、アダム・ドライバー、ローラ・ハリアー、トファー・グレイス、コーリー・ホーキンズ、ヤスペル・ペーコネン、ポール・ウォルター・ハウザー、ライアン・エッゴールド、アシュリー・アトキンソン、ロバート・ジョン・バーク、アレック・ボールドウィン
原題:BlacKkKlansman
制作:アメリカ/2018
URL:https://bkm-movie.jp
場所:Movixさいたま

やっとスパイク・リーがアカデミー賞を獲った。脚色賞ではあったのだけれど。それでもその授賞式の喜びようから、やっぱりアカデミー賞が欲しかったんだなあ。

その脚色賞を受賞したスパイク・リーの『ブラック・クランズマン』は、タランティーノの『ジャッキー・ブラウン』と同様に70年代のブラックスプロイテーションの映画に対してオマージュを捧げているところや、最近流行の多様性尊重を訴える映画でありながらその主張をうまくエンターテインメントにくるんで笑える映画にしているところなどが、さすがスパイク・リー! と唸るほどの、とても好感の持てる映画に仕上がっていた。ただ、この映画の最後に、2017年8月にバージニア州シャーロッツビルで起きた、白人至上主義に反対する人々の群れに車が突っ込む実際の映像を入れてきた。うーん、この部分はいらなかったんじゃないのかなあ。映画の中に巧く織り込んだ主張が、映画を観た人々の心へとじわ〜と徐々に浸透して行くところが気持ち良いのに、そこへダメ押しのように、強烈な映像をぶち込む必要はなかったと個人的にはおもう。

それからやっぱり悪役は大切だ。やたらと鋭い洞察力を示す白人至上主義のフェリックス・ケンドリックソン役を演じたヤスペル・ペーコネンが素晴らしかった。その奥さん役のアシュリー・アトキンソンも!

→スパイク・リー→ジョン・デヴィッド・ワシントン→アメリカ/2018→Movixさいたま→★★★☆

監督:ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
声:小野賢章、宮野真守、悠木碧、大塚明夫、高橋李依、吉野裕行、中村悠一、玄田哲章、稲田徹
原題:Spider-Man: Into the Spider-Verse
制作:アメリカ/2018
URL:http://www.spider-verse.jp/site/
場所:109シネマズ菖蒲

今年のアカデミー賞の長編アニメ映画賞に細田守監督の『未来のミライ』がノミネートされて、外国語映画賞にノミネートされた『万引き家族』とともに日本でも大きなニュースになった。で、日本では誰もが『未来のミライ』の受賞を願っているような雰囲気につつまれていたのだけれど、その映画の出来に「?」だった自分にとっては、まあ、日本のアニメが評価されるのは嬉しいが、ほかの候補の、例えば『インクレディブル・ファミリー』とか『シュガー・ラッシュ:オンライン』のほうが面白かったよな、なんてことをおもったりして、ちょっと複雑な気分で授賞式を見守っていた。

受賞したのは、5本のノミネーション作品のうちで唯一まだ観ていなかった『スパイダーマン: スパイダーバース』だった。おー、どんな映画なんだろう? って観てみたら、主人公が黒人の高校生に設定されていて、そしてパラレルワールドのそれぞれの世界に存在するスパイダーマンたちのキャラクターも多様性に富んでいて、ああ、これなら最近の風潮に敏感なアカデミー会員にも受ける内容だなあ、ってことが第一印象の映画だった。もちろん、映画の出来もとても素晴らしくて、まあ、我々日本人にとっては特に、日本の萌系アニメーションを意識しているとおもわれるペニー・パーカーのキャラクターが日本のセルアニメ的二次元表現で、全体の3D表現のなかでぺたりと動いているところがとても共感できる部分だった。

とても申し訳ないんだけど『未来のミライ』よりもこちらが受賞できたのは、まあ、当然のことだった。

→ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン→(声)小野賢章→アメリカ/2018→109シネマズ菖蒲→★★★☆

運び屋

監督:クリント・イーストウッド
出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィースト、アンディ・ガルシア、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ
原題:The Mule
制作:アメリカ/2018
URL:http://wwws.warnerbros.co.jp/hakobiyamovie/
場所:109シネマズ菖蒲

クリント・イーストウッドも88歳になって、いったいどんな映画を撮るんだろう? って期待していたら、とてもこじんまりとした映画を用意してきた。いや、もちろん、これはこれで素晴らしいのだけれど、その内容がクリント・イーストウッドの生きてきた人生を彷彿とさせるストーリーなので、どんなに才能のある人間と云えども、人生も最晩年に来たら家族に対する贖罪の念が湧き上がるものなのかと、その「人並み」なことに嬉しくもあり、がっかりでもあり、複雑なおもいの入り交じる映画になってしまった。

109シネマズ菖蒲でこの映画を観ていたとき、クリント・イーストウッドが余命いくばくもない妻役のダイアン・ウィーストを見舞ったシーンで、ぷっつりとシャットダウンしてしまった。停電だった。クリント・イーストウッドにとってこの映画の中で一番大切なシーンだったような気もするけど、それを拒否するかのように切れてしまったのは、もしかするとこちらのおもいが電波したんじゃないのかと鳥肌が立ってしまった。

→クリント・イーストウッド→クリント・イーストウッド→アメリカ/2018→109シネマズ菖蒲→★★★☆

グリーンブック

監督:ピーター・ファレリー
出演:ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ、ディメター・マリノフ、マイク・ハットン、イクバル・セバ、セバスティアン・マニスカルコ、ファン・ルイス、P・J・バーン
原題:Green Book
制作:アメリカ/2018
URL:https://gaga.ne.jp/greenbook/
場所:109シネマズ木場

ピーター・ファレリー監督の『グリーンブック』を観終わってすぐに、岩波現代文庫から出ている藤本和子著「塩を食う女たち――聞書・北米の黒人女性」を読み始めた。その本の最初の「生き残ることの意味 はじめに」に以下のように書いてあった。

わたしは黒人が「生きのびる」という言葉を使うときには、肉体の維持のことだけをいっているのではないと感じていた。「生きのびる」とは、人間らしさを、人間としての尊厳を手放さずに生き続けることを意味している。敗北の最終地点は人間らしさを捨てさるところにあると。

『グリーンブック』の中でマハーシャラ・アリが演じているピアニストのドン・シャーリーはまさに「人間としての尊厳」を手放さずに生きている黒人だった。実際のドン・シャーリーの育った環境は、奴隷としてアメリカに連れてこられた黒人の子孫とは違うのかもしれないけれど、黒人のDNAにある「人類の進化形」としての肉体的、そして精神的なたくましさからくるのであろう「人間としての尊厳」をどんなときにも維持し続けて生きている人物だった。

ドン・シャーリー役のマハーシャラ・アリの演技は、彼が画面に現れるだけでピンと背筋の立つオーラを発散させていて、品性の欠けるイタリアンを演じているヴィゴ・モーテンセンとのアンバランスさが緊張感を高めていると同時に、両極端の人間のあいだに起こりつつある化学変化に興味が引きつけられてしまう巧い映画だった。その巧さがちょっと鼻につくような気もするけど、まあ、それは贅沢な話だ。

→ピーター・ファレリー→ヴィゴ・モーテンセン→アメリカ/2018→109シネマズ木場→★★★★