監督:アンディ・ムスキエティ
出演:エズラ・ミラー、サッシャ・カジェ、マイケル・シャノン、ロン・リビングストン、マリベル・ベルドゥ、キアシー・クレモンズ、アンチュ・トラウェ、マイケル・キートン、ベン・アフレック、ジェレミー・アイアンズ、ニコラス・ケイジ、ジョージ・クルーニー
原題:The Flash
制作:アメリカ/2023
URL:https://wwws.warnerbros.co.jp/flash/
場所:MOVIX川口

DCコミックスの中の「スーパーマン」や「バットマン」は知っていても「フラッシュ」はまったく知らなかった。だから普通ならば観るのを敬遠してしまうのだけれど、どうやら出来が良いとのことなので観に行くことにした。

「フラッシュ」はスーパーヒーローとして超高速で移動できることを特色としていて、その速さから光速をも超えて時間さえも遡ることさえも出来てしまう。このタイムワープの能力を使って、警察法医学捜査官でもある「フラッシュ」は父親が母親を殺したとする嫌疑を晴らそうとする。どころか、過去に行って母親の命を助けてしまう。

スーパーヒーローが市井の人々を悪から守る活躍ぶりは二の次にして、スーパーヒーロー自身のパーソナルな問題にスポットを当てるのは『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』にとても良く似ていた。そこにマルチバースを絡めるのもそっくりだった。ただ、『ザ・フラッシュ』が良かったのは、そのマルチバースの説明がすっきりしていて、なるほど、と納得が行ってしまうところだった。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』をはじめとするタイムワープの映画で問題となるのは、過去を変えてしまううとどうなるのか? だった。例えばタイムトラベラーが過去に遡って自分の祖父を殺したとする。すると祖父には子どもがいなくなり、タイムトラベラーの両親はもちろんのこと、タイムトラベラー自身もいなくなる。では、いったい誰が祖父を殺すのだろうか、と云うパラドックスだ。そこに『ザ・フラッシュ』はマルチバースの理論を導入した。過去を変えてしまった時点で違うユニバースに分岐すると云う理論だった。だから母親が亡くなった世界の「フラッシュ」と、母親が助かった世界の「フラッシュ」のふたりが存在していてもOKだった。でも、そのふたつのユニバースをどうやって行き来するのかはよくわからののだけれど。

いろいろなユニバースの「フラッシュ」が存在するのならば、もちろん「バットマン」も「スーパーマン」も複数存在する。そこに過去の様々な役者が演じた「バットマン」や「スーパーマン」を持ってくるのは感動モノだった。とくにクリストファー・リーヴ! 彼が出てくるシーンには鳥肌が立った。

いろいろと一件落着して自分の世界に戻った「フラッシュ」は、自分の世界の「バットマン」であるマイケル・キートンに会う。とおもったら、マイケル・キートンではなく、なんと彼(も出演してくれた)!

→アンディ・ムスキエティ→エズラ・ミラー→アメリカ/2023→MOVIX川口→★★★☆

監督:ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン
声:小野賢章、悠木碧、宮野真守、乃村健次、小島幸子、上田燿司、岩中睦樹、関智一、田村睦心、木村昴、佐藤せつじ、江口拓也、高垣彩陽、猪野学、興津和幸、鳥海浩輔
原題:Spider-Man: Across the Spider-Verse
制作:アメリカ/2023
URL:https://www.spider-verse.jp
場所:109シネマズ木場

2018年に作られたアニメーション『スパイダーマン:スパイダーバース』は、例えばマーベル・シネマティック・ユニバースの世界における「スパイダーマン」をマルチバースの「アース199999」または「アース616」に、1967年にアメリカで作られたテレビアニメ「スパイダーマン」をマルチバースの「アース67」に、1978年に日本の東映で作られた実写特撮テレビシリーズ「スパイダーマン」を「アース51778」と云うように、過去に作られた様々な「スパイダーマン」をマルチバースの世界の中のひとつとして「アース」に番号をつけて指定している世界観が面白かった。だから次回作は、その「アース」世界がさまざまに絡み合って究極のマルチバース映画になるんだろうと期待していた。

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、その様々な「アース」世界の「スパイダーマン」がストーリーに関わりはするのだけれど、結局はこの映画の主人公であるマイルズ・モラレス(アース1610)個人の究極の選択に集約しているところがとても世界を狭めてしまっているようで、それって広大なマルチバースの世界観は必要なの? っておもってしまった。

それにマルチバースの世界観は複雑すぎて、ゴリゴリのSFが好きな人ならばその複雑な設定にテンションが上がるのだろうけれど、一般人にとっては振り回されて、こねくり回されて、フラフラな思考状態になるだけだった。その結果、映画が終わってからの観客のどよめきがすごかった。これっていったい何? 140分も使って「つづく」なの? 状態だった。

アニメーションの手法が斬新でかっこ良かったので、もっとストーリーを整理して、90分くらいで「つづく」なら素晴らしかったのに。

→ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン→(声)小野賢章→アメリカ/2023→109シネマズ木場→★★★

監督:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、キム・ミニ、ソ・ヨンファ、パク・ミソ、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、ハ・ソングク、キ・ジュボン、イ・ユンミ、キム・シハ
原題:소설가의 영화
制作:韓国/2022
URL:https://mimosafilms.com/hongsangsoo/
場所:ヒューマントラストシネマ有楽町

ホン・サンスの会話劇はいつもところどころで緊張感を生んでいる。そこでのちょっとしたピリピリ感がたまらなく大好きなので、だから延々とその会話を聞いていられる。今回の『小説家の映画 』では、いきなり誰かが誰かを叱責している声が聞こえるシーンからはじまる。イ・ヘヨンが演じる小説家が、ソウルから少し離れた河南(ハナム)市にある後輩のソ・ヨンファが営んでいる書店を訪ねたファーストシーンだった。その怒鳴り声にも聞こえる強烈な叱責は最後まで誰から誰へ発したものかはわからない。いや、わかると云えばわかるのだけれど、その二人にそこまでの張り詰めた関係性があるとは最後までわからなかった。(ちょっとだけ手がかりがあって、ああ、この子はダメな子なのかな、と微妙にわかるシーンが素晴らしい)

そこからイ・ヘヨンの小説家は彷徨し、クォン・ヘヒョが演じる映画監督の夫婦に偶然出会う。そこでの会話のぎこちなさから過去のふたりのあいだに何かしらの確執があったことをうかがい知ることができる。実際にイ・ヘヨンの小説を原作にクォン・ヘヒョが映画を撮る予定だったことが、プロデューサーの意向からか破綻した経緯があることが明らかになる。

そしてさらに彼らはキム・ミニが演じる第一線を退いた人気女優のギルスと出会い、クォン・ヘヒョがキム・ミニに発したちょっとした言葉から小説家と映画監督との間に、昔の確執も影響してなのか、ちょっとした諍いが起きる会話の流れも素晴らしかった。

いたたまれなくなったクォン・ヘヒョの映画監督と妻は去って行き、イ・ヘヨンの小説家はキム・ミニの女優に昔からの大ファンだったと告げ、あなたと一緒に短編映画を撮りたいと告げる。はたしてそのいきなりのオファーをキム・ミニは受けるのか? ここでもちょっとした緊張感を生んでいる。

キム・ミニへ突然かかってきた携帯によって、近くの知り合いに会いに行かなければならなくなり、イ・ヘヨンも一緒に行くことになった。驚いたことに向かった先はイ・ヘヨンが最初に訪れた後輩が営む書店だった。そしてそこでイ・ヘヨンの昔からの知り合いでもある詩人のキ・ジュボンと久しぶりに出会う。またまた二人のあいだの関係性が微妙で、ここでまたちょっとした緊張感を生んでいる。

それから時は過ぎ、イ・ヘヨンはキム・ミニと短編映画を撮り、その試写に彼女を呼ぶ。映画が終わって出てきた微妙な表情のキム・ミニ。ここでも緊張感を生んでいる。彼女の、なんだこの映画は! の雰囲気が最高。いや、彼女がどうおもっているのかはっきりとはわからないのだけれど。

こんな感じで今回の『小説家の映画』はいつもよりも緊張感の連続だった。ホン・サンスの会話劇はますます洗練されてきてるような気がする。ウッディ・アレンが映画を撮れなくなり、コンスタントに作る映画作家で公開が待ち遠しいのはホン・サンスだけになってしまった。

→ホン・サンス→イ・ヘヨン→韓国/2022→ヒューマントラストシネマ有楽町→★★★★

監督:パオロ・タヴィアーニ
出演:ファブリツィオ・フェラカーネ、マッテオ・ピッティルーティ、ロベルト・ヘルリッカ(声)
原題:Leonora addio
制作:イタリア/2022
URL:https://moviola.jp/ihai/#modal
場所:新宿武蔵野館

映画をたくさん観始めたころ、キネ旬ベストテンの常連だったのがヴィットリオとパオロのタヴィアーニ兄弟の映画だった。キネ旬読者としては、キネ旬ベストテンに選ばれた映画を見に行こう! の機運から、『父 パードレ・パドローネ』(1977、第56回(1982年度) キネマ旬報ベスト・テン10位)や『サン★ロレンツォの夜』(1982、第57回(1983年度) キネマ旬報ベスト・テン10位)や『グッドモーニング・バビロン! 』(1987、第61回(1987年度) キネマ旬報ベスト・テン1位)を観に行った。でも、まだ様々な映画を理解する能力には乏しく、テオ・アンゲロプロスほど難解ではないにしろタヴィアーニ兄弟の映画も楽しむのには無理があって、とくにヨーロッパ映画の経験値がおそろしく不足していた。

あれからヌーベルバーグの映画などを観てヨーロッパ映画の経験値を上げていって、それなりに様々な映画を楽しめるようにはなっていったけれど、その後のタヴィアーニ兄弟の『太陽は夜も輝く』(1990年)や『フィオリーレ/花月の伝説』(1996年)もあまり面白いとはおもえなかった。

そのタヴィアーニ兄弟も兄のヴィットリオが2018年4月15日に亡くなってしまった。一人だけになってしまったパオロ・タヴィアーニが91歳になって撮ったのが『遺灰は語る』だった。

今回の『遺灰は語る』は、1934年のノーベル文学賞受賞者であるイタリアのルイジ・ピランデッロの「遺灰」にまつわる話しだった。ピランデッロの遺言には「遺灰」は海にまくか故郷のシチリアの岩の中に納めてくれとあるのに、当時の独裁者ムッソリーニはピランデッロの「遺灰」をローマに埋葬してしまった。戦争が終わってから、シチリアからの特使がピランデッロの「遺灰」を持ち帰るためにローマを訪れる。しかし、おもうようにことが運ばずに、なかなかシチリアに「遺灰」を持って行くことができない……。

最近はやたらとドラマティックな映画ばかり観て来たので、この映画のような単純なプロットありきで、さしたる大事件も起こらずに、人間の些細な行動の機微を静かに追いかける映画はとても新鮮に感じられてしまった。歳を重ねて、映画の経験値も上がり、いまやっとタヴィアーニ兄弟の映画を楽しめるようになったのだとおもう。

そして、ルイジ・ピランデッロの「遺灰」にまつわるエピソードは白黒映像であったけれど、エピローグとしてピランデッロの遺作短編小説「釘」を鮮やかなカラーで映像化してこの映画を締めくくっている。この短編もまあなんとも不思議な話しで、ちょっと凄惨なストーリーでもあり、日本人にはまったく馴染みのないルイジ・ピランデッロがどんな作家だったのかを手がかりとしてちょっとだけ残してくれたようなエンディングだった。

→パオロ・タヴィアーニ→ファブリツィオ・フェラカーネ→イタリア/2022→新宿武蔵野館→★★★☆

監督:是枝裕和
出演:安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、高畑充希、角田晃広、中村獅童、田中裕子
制作:「怪物」製作委員会/2023
URL:https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/
場所:109シネマズ菖蒲

是枝裕和監督の『怪物』の予告編を観たとき、表面に見えるものからは計り知れない奥底に潜む本質があぶり出される過程を楽しむ映画ではないかと想像して、あんまり是枝裕和監督の映画を積極的に観ようとはしないのだけれど、今回ばかりは面白そうにおもえたので映画館に足を運んだ。

是枝裕和の映画を観ると、いつも何かに引っかかって、そこにこだわり続けて映画が楽しめなくなる場合が多い。今回もそうなってしまった。

『怪物』は3つのパートに別れていて、最初は自分の子どもが担任教師から不当に体罰を受けているのではないかと学校に乗り込む母親役の安藤サクラから見た視点のパートだった。そこでの学校側の対応があまりにも酷くて、とくに田中裕子が演じる校長先生にまったくリアリティを感じられなくて、そこに引っかかってしまった。母親の安藤サクラから見れば担任教師の永山瑛太や校長の田中裕子は「怪物」に見えて、その点を強調させるための人物像だったのだろうけれど、少なからず小学校教育に関わる身としてはどうしてもその校長像に真実味を見い出せなかった。たとえ校長自身に不幸があったとしても、あそこまで心の無い校長は日本全国どこを探してみてもいないとおもう。

2つめのパートは担任教師の永山瑛太から見たパート。永山瑛太から見れば、安藤サクラの息子の湊(みなと)は「怪物」だった。3つめのパートはその湊(みなと)からの視点で、湊(みなと)から見れば同級生の星川依里(ほしかわより)が「怪物」だった。このように、結局は他人のすべてを理解できることはできなくて、その知られざる部分に「怪物」を見出してしまう。

坂元裕二の脚本は、それなりに面白い構成にはなっていた。でもなあ、あの学校の対応はまったく無いなあ。安藤サクラの息子の湊(みなと)が以前に担任をしてもらった先生のことを「良い先生」と評価しているのに、その「良い先生」がまったく今回のことに意見を挟まないのも腑に落ちない。この学校側の対応部分をもう少し工夫してほしかった。

→是枝裕和→安藤サクラ→「怪物」製作委員会/2023→109シネマズ菖蒲→★★★

監督:アーロン・ホーバス、マイケル・イェレニック
声:宮野真守、畠中祐、志田有彩、関智一、楠見尚己、武田幸史、三宅健太、浦山迅
原題:The Super Mario Bros. Movie
制作:日本、アメリカ/2023
URL:https://www.universalpictures.jp/micro/super-mario-bros
場所:109シネマズ菖蒲

初代ファミコンが発売された1983年ごろ、すでにシャープのMZ-80Bと云うパソコンに手を出していて、ファミリーコンピューターと名付けられたおもちゃにはまったく興味を示さず、ゲームと云えばパソコンのゲームだった。だから当然のごとくゲームの「スーパーマリオブラザーズ」はやったことがなく、はじめて「スーパーマリオブラザーズ」をプレイしたのはNINTENDO64の「スーパーマリオ64」で、そこではじめて任天堂のゲームづくりの巧さを実感したのだった。そこから出遅れを取り戻すかのように「マリオカート64」や「ゼルダの伝説 時のオカリナ」にのめりこみ、とくに「ゼルダの伝説」が大のお気に入りで、最近のSwitch版として発売された「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」も発売日には手に入れてプレイしてしまっている。

映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』は、NINTENDO64の「スーパーマリオ64」から続く3Dアクションゲームとしての「スーパーマリオブラザーズ」を映画として成り立たせているようで、そこに「マリオカート」や「ドンキーコング」を加味して、まるで任天堂のゲームづくりを映画として翻案しているように見えて、子供から大人まで楽しめるゲーム映画になっているのには嬉しかった。まあ、でも、ゲームをやればいいんじゃね? とはおもうけれど。

ところどころ「ヨッシー」の影が見えて、次回作は「ヨッシー」の映画化かな?

→アーロン・ホーバス、マイケル・イェレニック→(声)宮野真守→日本、アメリカ/2023→109シネマズ菖蒲→★★★☆

監督:シャーロット・ウェルズ
出演:ポール・メスカル、フランキー・コリオ、セリア・ロウルソン・ホール、ケイリー・コールマン、サリー・メッシャム
原題:Aftersun
制作:イギリス、アメリカ/2022
URL:https://happinet-phantom.com/aftersun/index.html
場所:MOVIXさいたま

スコットランドのシャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作。A24が北米配給権を獲得したとおり、とてもA24的な映画だった。

11歳のソフィが父親とふたりきりで過ごしたトルコでの夏休みを、その20年後、父親と同じ年齢になった彼女の思い出で振り返るこの映画は、そのときに撮っていたビデオ画像と記憶の画像が混在して、ビデオ・インスタレーションのような映画になっていた。そこが鼻につくと云えば鼻につくんだけれど、全体的にどこか不安を感じさせるイメージがサスペンス映画のようで、この父親はなに? どうなるの? で映画を引っ張って行くストーリーは観ていてい飽きなかった。

それに11歳のソフィに対して次第に迫りくる性的な大人の世界は、父親と娘の関係を親子以上の恋人関係へと発展させているようで、それでいて親子関係に踏みとどまっているような、女性監督ならではの繊細な描写が面白かった。

結局は父親のその後は描かれない。でも、どう考えてもハッピーなことにはならない予感が支配するエンディングもなかなか良かった。

→シャーロット・ウェルズ→ポール・メスカル→イギリス、アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★☆

監督:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット、ノエミ・メルラン、ニーナ・ホス、ゾフィー・カウアー、ジュリアン・グローヴァー、アラン・コーデュナー、マーク・ストロング、シルヴィア・フローテ、アダム・ゴプニク、ミラ・ボゴイェヴィッチ、ツェトファン・スミス=グナイスト
原題:TÁR
制作:アメリカ/2022
URL:https://gaga.ne.jp/TAR/
場所:MOVIXさいたま

トッド・フィールド監督の『TAR/ター』は、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で女性初の首席指揮者となったリディア・ターと云う架空の人物をケイト・ブランシェットが演じている。ケイト・ブランシェットが大好きなので贔屓目もあるんだろうけれど、いやもう彼女が素晴らしくて、最近ではオリヴィア・コールマンと双璧をなす最高の女優だとおもう。

ジェンダーレスが一般的になりつつあるいまの時代は、男性ばかりが支配していた業界にも女性が進出するのは当たり前になってきた。音楽家の中でも、もっとも女性に向いていないと云われてきた指揮者の世界にも、例えば2005年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を女性として初めて指揮したシモーネ・ヤングのような人物が出てきた。

おそらくリディア・ターと云う架空の人物は、このあたりの女性指揮者をモデルにしているのかもしれないけれど、指揮者の業界を描いたのはひとつの象徴にすぎず、女性が男性と同等の地位に立ったときの、キャンセルカルチャー(ソーシャルメディア上で過去の言動などを理由に特定の人物を糾弾する行動)のこと、権力を持ったものが必ず行う恣意的行為、パワハラ、腐敗のこと、ストレスフルな状態から起こる心身のバランスのことなどを、ケイト・ブランシェットと云う女優に演じさせるために存在した映画に見えてしまった。

そしてそのケイト・ブランシェットの素晴らしさとともに、この映画の構成が特殊だった部分もとても面白く感じてしまった。

この映画は、まずはエンドクレジットからはじまる。そこから、状況の説明があまりないままに次から次へと場面が転換して行き、ほんの少しの手がかりだけで、映画を観ている我々はリディア・ターと云う人物を理解して行かなければならない。はっきりと画面には登場しない人物が重要だったり、この人は誰? なんてこともしばしばで、でも映画を観て行けば次第に状況がつかめて来るような形をとっていた。

つまり、この映画はエンドクレジットから逆行して行く映画だったのか? それはクリストファー・ノーランのようにあからさまに時間軸をいじる映画では無いにせよ、起承転結と普通に流れる映画では無かった。例えば映画が始まってすぐの、寝ているリディア・ターを誰かがスマホで隠し撮りしてSNS上でディスるシーンは、普通ならばオープニングシーンとしてはふさわしくなく、それがどのようなシチュエーションで行われているのかがまったくわからないために唐突感が否めない。でも、その隠し撮りをしているのは誰か? SNS上でディスり合ってる相手は誰か? が次第に明らかになって行く過程は面白く、映画が進むにつれて次第にリディア・ターと云う人物像が浮かび上がって来る過程はゾクゾクするほど面白かった。

とは云っても、一度観ただけでは謎の部分も多く、マーラーとか、バーンスタインとか、クラシックの知識をもう少し取り入れた上でもう一度観るともっと面白いんじゃないか、とおもえる映画だった。

→トッド・フィールド→ケイト・ブランシェット→アメリカ/2022→MOVIXさいたま→★★★★

監督:ジェームズ・ガン
出演:クリス・プラット、ゾーイ・サルダナ、デイヴ・バウティスタ、カレン・ギラン、ポム・クレメンティエフ、ヴィン・ディーゼル、ブラッドリー・クーパー、ショーン・ガン、マリア・バカローヴァ、ウィル・ポールター、エリザベス・デビッキ、シルヴェスター・スタローン
原題:Guardians of the Galaxy Vol. 3
制作:アメリカ/2023
URL:https://marvel.disney.co.jp/movie/gog-vol3
場所:109シネマズ木場

「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズで成功を収めたジェームズ・ガン監督がドナルド・トランプを批判したことから右派系の人に目をつけられて、過去の不謹慎なツイートを掘り起こされた結果、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』の監督を降ろされると云う事件が起こった。ところが、デイヴ・バウティスタを始めとする出演者の抗議やオンライン請願サイトに約35万人の署名が集まったことから、結局は監督に復帰すると云うドタバタで一応事態は収束した。このことはジェームズ・ガンとマーベル・スタジオとの関係にちょっとした禍根を残す結果となった。

それをふまえてこの映画を観てみると、事件が起こる前にシナリオが出来ていたとはおもうのだけれど、ジェームズ・ガンがこれでもか、これでもかと、最後におもいの丈のすべてをぶつけた映画に見えてしまってとても痛快だった。

主にロケットの出自を題材にしたこの映画は、ジェームズ・ガンのテーマとも云える、負け犬だっていいじゃないか、誰だって何かの役に立っているんだ、を様々なキャラクターを通して訴えかける映画に仕上がっていて、ヤカの矢をうまく扱えないクラグリンにまでスポットを当てているほどの盛り沢山だった。

ただ、個人的には、全ての生物を強制的に進化させようとする狂信的な科学者ハイ・エボリューショナリーによって言葉を話せるようになった動物たち、ロケットとライラ(カワウソ)とティーフ(セイウチ)とフロア(ウサギ)の友情物語はあまりにもベタで、いらなかったかなあ、とおもえなくもない。それに今回のメインヴィランであるハイ・エボリューショナリーも悪役のキャラクターとしてちょっと弱かったかなあ。

2022年10月25日、ジェームズ・ガンがワーナー・ブラザース傘下の「DCスタジオ」の共同会長兼CEOに就任することが発表された。今後4年の「DCスタジオ」の製作を統括し、ガンは主にクリエイティブ面を担当するらしい。これからの「DCスタジオ」の映画も追いかけるべきなのか、どうか。

→ジェームズ・ガン→クリス・プラット→アメリカ/2023→109シネマズ木場→★★★☆

監督:ベン・アフレック
出演:マット・デイモン、ベン・アフレック、ジェイソン・ベイトマン、マーロン・ウェイアンズ、クリス・メッシーナ、クリス・タッカー、ヴィオラ・デイヴィス
原題:Air
制作:アメリカ/2023
URL:https://warnerbros.co.jp/movie/air/
場所:MOVIXさいたま

はじめての海外旅行はニューヨークだった。飛行機がとてつもなく苦手だったけれど、ブロードウェイのミュージカルを観るために意を決した海外旅行だった。たしか、1989年のことだったとおもう。

で、その当時、大きなブームを巻き起こしていたのがNIKEのシューズだった。だからニューヨークへ行っておもわず買い求めてしまったのが「AIR MAX」だった。いま考えると、そんなに欲しくもないのに熱に浮かされて買ってしまったがために、流行りの「AIR MAX」なんて履いてるぜ、と云われるのがイヤで、日本に帰ってからは履かないまま放ったらかしにしてしまった。いつの間にか、接着剤がベロベロに溶けて靴底が剥がれてしまったので履けなくなってしまった。

とにかく1980年代の終わりごろから90年代にかけて、NIKEのシューズは日本でも品薄で、履いている人が襲われてシューズを強奪されるなんてとんでもない事件も起きた。ホンモノと見分けのつかない精巧なニセモノも氾濫していて、はたして自分の買ったシューズも本物かどうかもいま考えても怪しい。

自分の買った「AIR MAX」は1987年にNIKEから発売されたランニングシューズだった。でも「AIR」が付くシューズと云えば、1984年11月17日 に発売された「AIR ジョーダン1」が最初で、その「AIR ジョーダン1」の開発過程を描いたのがベン・アフレック監督の『AIR/エア』だった。

「AIR ジョーダン1」がどのように誕生したのかはまったく知らなかったけれど、なにかとてつもないものが生まれる過程には必ずと云って良いほどに大きな障害が立ちはだかるもので、それを苦労して乗り越えたからこそ反動は大きくなり、誰もが欲しがるヒット作が生まれる流れになるんだとおもう。だからそのドラマはNHKの「プロジェクトX」よろしく、やたらと感動秘話になりやすくて、お決まりのパターンになってしまうのが悲しい。

このベン・アフレック『AIR/エア』でも、そんな成功秘話のお決まりのパターンになりそうではあったものの、まったくNIKEに興味を示さなかったマイケル・ジョーダンと契約を結ぼうとするソニー・ヴァッカロを演じるマット・デイモンの、いつもながらの肩の力が抜けた演技がそうはさせなかった。ソニー・ヴァッカロが、1982年のNCAAトーナメントチャンピオンシップで決めたウィニング・ショットだけでもってマイケル・ジョーダンの才能を見抜くシーンは、マット・デイモンだからこそできる、おだやかでありながら、バスケットボールに対する愛情の深さをさり気なく示せる良いシーンだった。

だからこそ、マイケル・ジョーダンの母親デロリス・ジョーダン(ヴィオラ・デイヴィス)がソニー・ヴァカロを信頼して行くストーリーの流れも簡単に納得できてしまった。

そんな大ヒット作「AIR ジョーダン」を世に送り出したソニー・ヴァッカロのWikipedeiaを見ると記述内容がとても少ない。もしかすると実像も演じたマット・デイモンのようにさりげない人なのかな?とおもって、実際に行われたインタビューを読んでみたらやはりとても控えめな人だった。

【取材】エア ジョーダン生みの親、単独インタビュー ─ 映画『AIR/エア』主人公ソニー本人が語る秘話【前篇】
https://theriver.jp/air-vaccaro-interview1/

→ベン・アフレック→マット・デイモン→アメリカ/2023→MOVIXさいたま→★★★★